森発言の本質は女性差別ではない:体育会系という日本を蝕む病

2021年02月24日 06:01

森喜朗さんの「女性差別」発言は、いろいろな受け取り方はあるけれど、「女性差別」と受け取った人がいるということは理解できます。けれど、問題が「女性差別」だけにフォーカスされてしまい、より根深い問題がかすんでしまったように思います。

森喜朗氏 NHKより

では、その後釜の橋本聖子さんは女性なので問題ないのかというと、問題が大ありなのです。過去のセクハラ問題は周知の通りです。森さんも橋本さんも同じ穴のムジナに見えます。

このままでは「女性差別」が繰り返されてしまう

なぜ森さんはあんな発言をするのか、なぜ橋本さんはセクハラをしてしまうのか。それは「体育会系」という問題です。

Tomwang112/iStock

相撲協会の暴力、柔道連盟の体罰や日大アメフトタックル問題など枚挙にいとまがありません。役所も企業も同じ。

ようは、内輪の結束は鉄のように硬いので、なんでもありになっているのが日本の組織の病理なのです。それがたまたま外部に露見すると、あまりに非常識なので、猛バッシングになります。

女性のみならず、多くの男性も「森的なもの」「橋本的なもの」の盛大な被害者なわけなのです。それをすべての女性対すべての男性にすり替えてしまったのが、今回の騒動だったのだと思います。

日本社会の「体育会系」的なものを考える

たしかに、「女性差別」なのは問題です。けれども、この「体育会系」の土壌の上に、セクハラなどの性差別が乗っかっているように思えてなりません。

それをうわべだけ消そうとすると、とりあえず女性は数合わせで、それも配慮ができる人という基準で選ばれ続け、優秀なのに女性という理由で採用や抜擢を避けられるという変わらぬ負のスパイラルが続く気がします。

「体育会系」という、上位下達で清濁併せ呑んだ人を「大人」とする社会がアカンわけです。

だから、身内ではバカ受け(のように見える)の「女性差別」ネタの発言がつい公の場で出てしまい、大炎上となるということでしょう。

相撲界・柔道界の暴力指導や日大アメフトタックル事件のように、客観的に見たら絶対的にアウトの事件なのに、ムラの中では揺るぎない正義になっています。

この「体育会系」エートスを問題視しない限り、こういった問題は蒸し返されるでしょう。

「体育会系」の成功体験が地獄に

「体育会系」の若手は組織においてとても使い勝手が良いので、その誘惑を断ち切るのは難しいと思います。でも、「体育会系」のびぼうさくが、停滞の30年を生んだのはまちがいありません。

内輪なら「女性差別」も「男性差別」も違法行為も暴力すらも許される。この内輪ならなんでもやっていいの上に、セクハラ、パワハラ、女性差別、違法行為等々が積み上がっています。

善良な男女で対立している場合ではありません。

そこで、この「体育会系」の見事な分析をしているのが、サンドラ・ヘフェリンさんです。「体育会系 日本を蝕む病」はそのものずばりの問題提起です。日本とドイツの文化を行き来するサンドラさんは「行き過ぎた体育会系はニッポンを滅ぼす」と感じることがたびたびあるそうです。

危険性が指摘されているのに、相も変わらず運動会ではピラミッドが行われるのはなぜか。ブラック労働にも当てはまることですが、健康や命のリスクを伴い、合理的に考えると全く理解不能なことが、ニッポンの学校や会社ではごく普通に行われ、「日常化」してしまっています。なぜこうした事態が長年にわたって放置され続けるのか。私はその原因を、「体育会系思考」と名付けます。それは戦後ずっと、日本列島に蔓延し続けているのです。

それはもはや、「やればできる」の度が過ぎていると言います。

世界的企業の「体育会系」

また、2019年にトヨタで、社員が上司にパワハラを受け自殺し、労働基準監督署が労災認定した事件を覚えている人もいるかもしれません。被害に遭った男性は15年4月に入社し、間もなく直属の上司から「死んだほうがいい」「なめてんのか、やる気ないの」等の暴言を浴びせられるようになったといいます。また、上司は「学歴ロンダリングだ」と侮辱したといいます。男性は3か月間休職していましたが、会社に復帰後もこの上司の近くの席に座らされたといいます。その後、男性は「死にたい」と周囲に漏らすようになって、翌年社員寮で自殺しました。

この件、本人や遺族にとって痛ましいのはもちろんですが、会社に貢献する「優秀な人材」をイジメによって失ったという点においても最悪です。トヨタは世界的な大企業なのに、イジメで自ら損失を出しているような会社なんだということが広く知れ渡ってしまいました。上司は「オレの時代はこういう部下の育て方が普通だった」と本気で思っているとしたら、「日本の体育会系」指導が最悪の結果を招いたと言えるでしょう。

女性問題の「体育会系」

女性の問題でも、もちろん体育会系的な思考が影を落としています。女性が大事な場面で「息切れ状態」になってしまうわけです。

ニッポンでは「女性がラクになること」よりも「子どもがラクになること」「男性がラクになること」が優先されています。「前例を大事にする」というのも結局は、昔は今よりもさらに男尊女卑なわけですから「女性の要望を大事にしない」と同じことです。日本で女性として生きていると、気がつけば「雑用を全部やらされていた」という場面がよくあります。ニッポンの社会というものは、会社でも家庭でも学校でも、とにかく女性に雑用をやらせたがるのです。

就職における「体育会系」

東京の外資系IT企業で働く欧米の人たちでの間では、「お前、カネだけなのか」というフレーズが流行しているそうです。「もっと待遇のよい派遣会社を変えたいので退職したい」と申し出た人に、派遣会社の担当者が言ったひと言だそうです。

後にAさんが同じ業界で働く欧米人との飲み会の席でそのことを話したところ、そこにいた人全員が一瞬「・・・」と沈黙し、それから大爆笑しました。なにがおかしいって、「人」が、なんてありき」なのに、「お前、カネだけなのか」という分かり切ったことを聞く会社がニッポンにはあることです。

また、就活の面接でも日本の体育会系思考は異彩を放っています。サンドラさんが日本に来たばかりの頃に受けた就職面接の際、他のブースからけたたましい大声が聞こえてきて驚いたそうです。

向こう側の人たちは、「私がこの素晴らしい会社に貢献できること」といったテーマのスピーチをそれはすさまじい音量で行うわけです。そんな殺気立った雰囲気に仕切り越しとはいえビビってしまった私ですが、こういった場をみて「若者らしく元気がいい」などと言ってしまうオッサンが日本にはわんさかいます。 ヨーロッパ育ちで日本に来たばかりの私は、「自分がいかに会社に貢献できるか」をあんなに大真面目に話すのは、失礼ながらちょっと仰々しいと思ってしまいました。社会福祉関連でも一度に数億門が動くような業種でもないこの会社の新入社員は、顧客に外国語のレッスンのチケットを売ることが主な仕事です。物を売るわけなので顧客の心をつかむことは重ですが一人ひとりが大声で叫んだり、その会社がいかに素晴らしいかを褒めたりするのは不要でしょう。

このように、他の文化を知っている人が見たら異様な情景も、われわれは今までやってきたことだからと受け流してしまします(絶大な忍耐を伴って)。病を自覚することが、療養の第一歩だと思います。

繰り返しますが、善良な男女で対立している場合ではありません。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!
元教員、ギジュツ系個人事業主

過去の記事

ページの先頭に戻る↑