バイデン大統領の対ラテンアメリカ外交

ジョー・バイデン大統領の対ラテンアメリカ外交について触れてみたい。

バイデン米大統領 Wikipediaより

最初に明言できるのは、トランプ前大統領の4年間の強圧的外交が終わったということだ。

バイデン大統領のラテンアメリカ外交を国別に見ると以下のように区分できる。

・ラテンアメリカの大国メキシコとブラジル
・米国の最大の信頼国コロンビア
・関係改善が望まれるキューバ
・依然政権に留まっているマドゥロ大統領のベネズエラ
・中米の独裁国家ニカラグアと絶え間なく続く不法移民を送るエルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラス
・親米派だったマクリ前大統領のあとのアルゼンチンと暴動で明け暮れたチリ
・ラテンアメリカへの進出を緩めない対中国に対抗する外交

そして米国内においては二つの懸案の早急な解決が必要とされている。

・トランプ大統領が撤廃したラテンアメリカの若者を対象にした強制送還猶予制度(DACA)の復活
・不法移民者を合法化させる移民法の改正

NosUA/iStock

不法移民と再生エネルギーにおいてメキシコとの交渉が必要

メキシコの総輸出の80%は米国向けである。また北米自由貿易協定NAFTAに代わって米国・メキシコ・カナダ協定(T-MEC)が2020年7月から発効されて今後も両国の関係は強い絆で結ばれることが確認された。

米国とメキシコとの間で現在懸案となっているのは不法移民と再生エネルギー分野である。メキシコの国境から米国に密入国して来る不法移民者が後を絶たない。米国に密入国して逮捕された人の数は昨年だとおよそ100万人。彼らの多くは中米グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラスからの出身者だ。嘗ては米国への密入国者のトップはメキシコ人であったが、今ではこの3か国からの密入国者が一番多くなっている。

バイデン大統領はトランプのような不動産屋の脅しの手は使うことなく不法移民を減らす対策を両国で協力して模索して行くはずだ。
メキシコの原油の採油が2005年をピークに下降していることから、それを復活させることをロペス・オブラドール大統領は選挙の公約のひとつにしていた。
彼は原油と天然ガスの自給体制を確立したいと望んでいる。その為に製油所も新たに2カ所開設した。ところが、バイデンは消費エネルギーを再生エネルギーによって賄う方針を打ち立てている。再生エネルギーの供給を発展させたいと望むバイデンと自然資源の開発発展を求めているロペス・オブラドール大統領の方針は真っ向から対立することになる。この問題の解決のために双方で歩み寄りが必要となって来る。

孤立感を強めているボルソナロ大統領のブラジル

トランプ前大統領の敗北はボルソナロ大統領にとって世界で唯一の理解者を失うことになった。ボルソナロが大統領に就任してから2年間にメキシコ、アルゼンチン、ボリビアと左派系の大統領が登場し、トランプもいなくなった。それはボルソナロの孤立感を強めることになる。

しかも、バイデンはボルソナロが奨励しているアマゾンの開発は環境破壊につながるとして反対している。これまでブラジルが目立つほど米国寄りになったのはボルソナロが初めてである。しかし、ボルソナロはバイデンがアマゾンの森林破壊を批判するのを止めないのであれば両国の親密な共存関係の停止につながると警告している。その意味では両国の関係維持には穏健派の副大統領ハミルトン・モウラン将軍の活躍の場が開けるかもしれない。が、現在ボルソナロとモウランとの関係が冷え切った状態にある。

ラテンアメリカで最も信頼を寄せている国、コロンビア

米国がラテンアメリカで最も信頼を寄せている国がコロンビアである。両国の強い絆が生まれたのはコロンビアが嘗て麻薬の米国への最大の供給国であったということが起因している。1990年代から米国はコロンビアにこれまで100億ドルの資金支援をして「コロンビア・プラン」と称し、コロンビアの麻薬栽培やカルテルの撲滅に協力して来た。
バイデン大統領も両国のこれまでの関係を維持し、南米における米国の基軸国として今後も存在し続けるはずである。

貿易取引と観光の復活が望めるキューバ

キューバはバイデンが次期大統領になることを強く望んでいた。バイデンはオバマ元大統領がキューバに対して実行していたことを再現するはずである。その手始めとして、トランプがキューバに対して課して来た130項目にもわたる制裁を徐々に解除して行くはず。また、米国からキューバへの観光を促進し、米国に在住するキューバ出身者のキューバへの送金の規制枠も解除するはずである。また、米国大使館の再開と米国からキューバへの直行便も復活されるはず。更に、トランプが持ち出したヘルムズ・バートン法もこれまでの大統領と同じように引き出しの中にしまい込むはずである。

ラテンアメリカで最大の問題国、ベネズエラ

米国にとって最も厄介な国である。グアイドーをリーダーとする反政府派を支持して行くことに変化はないはず。グアイドーと同様に今もベネズエラに残っている嘗て2回ほど大統領候補にもなったカプリレスからの協力も得るようにバイデンは動くと思われる。

昨年12月の議員選挙でマドゥロ大統領は国民議会を自らの影響下に置くことに成功した。しかし、その投票率は30%にも満たないもので、多くの国民は如何にマドゥロ政権にうんざりしているかということを表明したものであった。また、ますます窮状に喘ぐ軍部の中にもマドゥロ大統領への不満が増大していると言われている。バイデンがキューバとの関係を復活させて、その代わりにベネズエラへの協力を緩めるようにと誘う可能性もないとは否定できない。現在マドゥロ大統領を支えているのはキューバから派遣された軍人による諜報機関である。この諜報機関が軍部内でマドゥロに背こうとしている軍人らを監視する役目を担っている。それをバイデンがキューバのラウル・カストロを介して緩めるようにさせれば、マドゥロの崩壊は容易となる。今年に軍部によるクーデターがあるかもしれない。

中米で唯一ロシアの影響力のある国、ニカラグア

今年はニカラグアで大統領選挙が予定されている。ダニエル・オルテガと彼の夫人ロサリア・ムリーリョの夫婦による独裁政権が今後も継続されるのか不明である。独裁政権による弊害を伝えようとして多くのジャーナリストがコスタリカなどに亡命を余儀なくさせられている。そこからダニエル・オルテガの独裁体制を倒壊させる活動をしている。奇妙ではあるが、現在は台湾と外交関係を維持している国でもある。バイデンは当面はダニエル・オルテガの動きを傍観して行くように思われる。

エルサルバドル、グアテマラ、ホンジュラスの3か国は貧困とB-18とM-13と呼ばれている若者の暴力組織の犯罪から避けるために米国に移民しようとする人たちで尽きない3カ国である。最近はキャラバンと呼ばれている数千人がまとまって米国へ移民しようとしている。大勢で移動した方が道中が安全だからである。

この2つの暴力組織はこの3か国におよそ25万人近くいる。エルサルバドルの人口は750万人であるところにこの暴力組織員が10万人近くいる。これまでも米国は40億ドルを投資してこの3か国を支援してきた。しかし、政治は汚職で染まり支援資金が国の発展にどこまで使用されているが疑問でもある。

左派政権が復活したアルゼンチンと市民による暴動が尽きることなく続いたチリ

マクリが大統領に就任した時、それまでの正義党クリスチーナ・フェルナンデス大統領によるロシア、中国、イランとの関係から米国に軸を移す外交を始めた。それに応えるためにオバマ元大統領はブエノスアイレスを訪問した。マクリが再選で負けて正義党のアルベルト・フェルナンデスが大統領に就任すると、ロシアと中国との関係の復活となっている。しかし、フェルナンデス大統領は米国との関係も保つ外交を進めてたいとしている。クリスチーナ・フェルナンデスが大統領だった時は米国との関係は一切断っていた。

チリは昨年から貧富の格差の是正を求めて暴動化したチリであるが、米国との関係は長年強い絆で結ばれている。今後もこの関係の維持を妨げるものはない。

ラテンアメリカへの進出を止むことなく続ける中国

中国はアフリカへの投資のあと、2000年初頭からラテンアメリカへの投資を始めた。それを容易にしたのは当時のベネズエラ、ブラジル、アルゼンチン、ボリビアなどで反米政権が誕生したことである。そのリーダーになっていたのがベネズエラのウーゴ・チャベス前大統領だった。

中国の投資は自然資源の開発が柱となった。また貿易取引においても急激に拡大して行った。

中国のラテンアメリカでの主要投資国はブラジル、ペルー、アルゼンチン、キューバなどであった。アルゼンチンへの中国からの投資が如何に目立ったかというのを表現すべく、アルゼンチンの人たちはジョークで「我々の国はアルヘンティーナでなくアルヘンチナになってしまった」と皮肉って言うまでになっていた。中国のことを「チナ」とスペイン語では発音するのでアルヘンチナという造語を生んだのである。

米国はラテンアメリカとの関係では貿易取引以外にカギを握っているのは兵器の輸出であった。但し、コロンビア以外は旧式の武器しか輸出しなかった。そして、ボルソナロが大統領になってトランプと強い絆で結ばれるようになってからはブラジルも米国から最新兵器を購入できるようになった。

旧式の武器しか購入できないという事情を利用して、中国はロシアと同様に最新兵器をラテンアメリカに販売するようになった。

バイデンは調和を前面に出してラテンアメリカ諸国との外交を展開して中国の更なる進出を抑えるようにするはずである。

ラテンアメリカに影響力を持つ米州機構と米州開発銀行は米国の強い影響下に現在もある。実際、ボリビアのエボ・モラレス政権を終わらせたのもトランプ前大統領の影響を受けた米州機構の陰謀であった。しかし、それも一時的なものに終わってボリビアは再びエボ・モラレス政権時の経済・財務相だったルイス・アルセが大統領に就任して左派政権の復活となっている。

バイデンはトランプとは異なり、政治家としてベテランであり、長年外交委員会にも籍を置いていた。トランプが大統領になった当初はラテンアメリカの存在は忘れられていた。その隙間を利用して中国はより積極的にラテンアメリカでの活動を行った。トランプがそれに気づいた時にはすべてが後手後手に回っていた。

米国内にてトランプが撤回した強制送還猶予制度(DACA)の対象になる若者はおよそ80万人いるとされている。オバマ元大統領が2012年にDACAとして合法化させた理由は、幼少時に本人の意思ではなく、幼少であるが故に親に同行して仕方なく不法に米国に入国した子供に対し、入国は違法だと言って罪をきせて本国に送還させることは出来ないと人道的に判断したのであった。しかも、彼らは既に若者に成長し職場をもって家族を抱えている者もいるといった事情も考慮したものであった。

それをトランプはこの制度を残酷にも撤廃した。バイデンはこれを復活させる意向だ。

不法移民者の合法化も早急な解決が必要とされている。米国にはラテンアメリカ出身者が人口の20%を占めている。今回の大統領選挙でも見せたようにラテンアメリカ出身者の多くの票がバイデンの勝利に結びついている。それでもまだ移民者として合法化されていないため投票できなかった人たちを含め1100万人いると推定されている。バイデンは早急にこの合法化に取り組むとしている。

バイデンが大統領に就任して望んでいるのは、ラテンアメリカの国々、そして米国に在住しているラティーノからの信頼をまず取り戻すことに努めるように思われる。