民主党議員がバイデンに「核のボタン」の大統領専権放棄を求める

高橋 克己

1月20日正午のバイデン新大統領就任式を欠席したトランプは、アンドリュー空軍基地で支持者を前に演説した後、夫人と共に大統領専用機でフロリダのマーアラゴに飛び立った。ネットでライブ画像を見ていた筆者は、黒鞄を両手に下げて同機に乗り込む側近の姿を認めた。

バイデン大統領 ホワイトハウスHPより

さては「核のボタン」が入っているという「フットボール」か。だが、なぜトランプが持って行っちゃう?と思ったのはきっと筆者だけではなかろう。実は、通常は対面で行う「核ボタンの引継ぎ」は、今回は20日正午の就任式に合わせ「リモート」で行われた

その「核のボタン」に関連し、民主党議員30人が22日、バイデンに「核兵器を発射する彼の唯一の権限を放棄するように求めた」と米政治メディアPolitico」が23日に報じた。「放棄」とは只事でない。さてはバイデンの噂の病のせいか、などと思いつつ読んでみた。

リーダー格のパネッタ議員がバイデンに宛てた手紙の前段後段を箇条書きに要約すると以下のようになる。手紙は、最後にバイデンの上院議員と副大統領としての、核兵器と核不拡散に関する治績を称え、今後の主導を求めて結ばれる。

  • 大統領として最も重要で厳粛な任務は国家の安全と核兵器の保護であるゆえ、その指揮統制に用いる意思決定プロセスの変更検討を求める。
  • 大統領だけが核兵器使用を命じる権限を持ち、それは核兵器がシビリアンコントロールの下にあることを保証している。が、この権限を1人に与えるのはリスクを伴う。
  • 前任の大統領は核兵器で他国を攻撃すると脅迫したり、当局者がその判断に懸念を表明したりするような行動を示した。
  • 貴殿は核攻撃を命じる前に顧問に相談するだろうが(目下のシステムでは)その必要がない。軍は戦時国際法の下で合法と判断すれば命令実行の義務があり、その攻撃は数分でなされる。
  • それゆえ、大統領のシステムに内在するリスクを軽減する代替案を以下に提案する。
  1. 発射命令を下すために、副大統領と下院議長(いずれも本人の同意なしに大統領が解任できない)で始まる継承ラインに追加の政府高官を求める。彼らとの迅速な連絡のため連邦緊急事態管理庁による所在追跡を活用する。
  2. 国防長官からの発射命令が有効であることの証明、およびそれが統合参謀本部議長および/または国務長官からの合法的な合意であることの司法長官からの証明と必要とする。
  3. 核の先制攻撃の前に、議会の宣戦布告と議会の明確な承認を求める。
  4. 議会指導者の常設評議会を創設し、彼らに重要な国家安全保障問題に関する行政府との審議への定期的参加と、核兵器の先制使用の前に議会の一部に相談することを義務付ける。

手紙がわざわざ「前任の大統領は核兵器で他国を攻撃すると脅迫したり、当局者がその判断に懸念を表明したりするような行動を示した」と書きつつ、唐突にバイデンに核使用の厳格化を求める辺り、トランプよりバイデンの方が危険と見ているようで、つい頬が緩む。

3.と4.は先制使用のことなので厳格が好ましかろう。が、報復使用に2.を必要とするなどは、1.で所在を追跡しているとしても間に合うのだろうかと心配になる。また、バイデンを継承する順位1位がカマラ・ハリスで2位がナンシー・ペロシとは、バイデンよりも危なくないか。

Politicoを追った24日のEpoch Timesには、ペロシが、選挙人の合同会議前日の1月5日にミリー統合参謀本部議長と「不安定な大統領が軍事的敵対行為を開始したり、発射コードにアクセスして核攻撃を命じたりするのを防ぐための利用可能な予防策について話し合う」と述べたとある。

事実とすれば、やはりバイデンを「不安定」視しているペロシが、子飼いの議員30人を使って今回の行動に出るよう指示した可能性もゼロとはいえまい。確かに「不安定な大統領」が容易に発射できてしまうようでは困るので、目下のシステムについて調べてみた。

過去記事を当たると、トランプに金正恩がまだ「リトルロケットマン」呼ばわりされていた17年後半から18年初め、米朝が極度に緊張した頃、トランプが核のボタンを押すのではないかとの懸念からか、米国の核攻撃発動のメカニズムを解説する記事が少なからず書かれていた。

Devrimb/iStock

正恩が「核のボタンは常に机の上にある」といい、トランプが「私のは彼のよりもずっと大きく、もっとパワフルだ。そして、私のボタンは機能する!」とツイートした頃で、後にトランプが大方の予想に反し「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」の姿勢を正恩に示す以前のことだ。

18年1月4日のCNNには「フットボール」の中身を次の4つと書いてある。

  • 攻撃の選択肢の一覧を記した黒い手帳
  • 大統領の本人確認のために使う認証コードを記載した小さなカード
  • 大統領が避難できる掩蔽壕のリスト
  • 緊急警報システム使用に際しての手引書

17年12月1日のニューズウィーク日本語版「『核のボタン』をトランプは押せるか」も、11月14日の上院外交委員会の公聴会でのその辺りの議論を詳述する。

オバマ政権で核戦力を統括する戦略軍司令官だったロバート・ケーラーは、「大統領が核兵器の先制使用に踏み切るのを法的に阻止きるか」と問われ、自分なら「それには疑問があります。命令を実行できません」と答えるだろうが、その後どうなるかは「分からない」と答えた。

米大統領には一人で核兵器の先制使用を決める法的権限がある。大統領の命令は国家軍事指揮センターの准将クラスに直接送られ、そのままICBMの格納庫や原子力潜水艦に配属されている将校に伝達されて、彼らが核兵器の発射コードを解除し、ミサイルを発射することになる。

ケーラーが述べたように戦略軍司令官や国防長官が反対することは可能だが、彼らは上記の通り核攻撃の指揮系統には含まれていない。大統領が国防長官や司令官に助言を求める行政手順は存在するが、大統領にその手続きを踏む義務はないようだ。

仮に助言手続きを義務化しても、戦略軍の独立法務官らが、大統領のいかなる核攻撃命令をも正当化できる法的論拠を山ほど用意していることをケーラーも認め、用意した数々のシナリオから、大統領がどれかを選ぶのであれば、おそらく法的問題は生じないと述べる。

但し、ケーラーは、例えば「議会の承認なしに核による予防的先制攻撃を加える法的権限は大統領にもない」と「私見として」付け加えた。

これらを踏まえて先の手紙に戻れば、今回の要求は「核攻撃の指揮系統」に副大統領や下院議長、そして国防長官、統合参謀本部議長、国務長官、司法長官辺りまで加えることを求めているようだ。さらに先制攻撃については議会の承認と宣戦布告の要ることを明確に定めることも。

副大統領就任80日で「偶然大統領」になったトルーマンが、日本に2個原爆を落としてから76年も経つこの時期に、なぜ米国が核使用を厳格化するのだろう。他の各保有国を利するだけのように筆者には思える。やはりトランプの復活やバイデンの噂の病への備えだろうか。