感染揺り戻し懸念は間違い:緊急事態宣言延長の根拠は疑問だらけ

加藤 完司

1都3県の緊急事態宣言が2週間延長されるそうだ。知事が声をそろえて延長を公言し、新聞にも同調記事が並ぶとあっては政府も仕方ないのだろう。都は新規感染者数(1週間平均)を前週比7割に抑える目標を掲げているが、先日小池知事はこうおっしゃていた。

小池都知事 NHKより

最近の状況は8割、9割に近い。その分、スケジュールが間に合っていない。医療や検査の体制を整えつつ、皆さんには食事の時に飛沫が飛ばないような工夫をしていただくなど、もう1段、ギアを上げないと、間に合わないという事態が生じているのではないか」

また先月末に日経新聞に「感染揺り戻し懸念なお」という7段抜きの大きな記事が掲載されていた。記事の左上には、4都県の感染者数が底打ちした後増加しているかのような図が示されていた。それが下図。「感染揺り戻し懸念なお」というタイトルにいかにもぴったりのデータであるかのような印象である。

2021年2月27日 日経新聞記事より

しかし、図のタイトルは「新規感染者数の増減率の推移」とあって感染者数の推移ではない。確かにデータとしては正確公正な事実ではあるが、一方図の示している事実は感染者数が減少を続けていることであって、「感染揺り戻し懸念なお」という見出しとは正反対。グラフの意味も知らずに記事を書いているんだと、日経新聞の社会部の記者の知的水準を一瞬疑った。

しかしよく見ると、図中には、増減率の1.0倍を境に上に「増加」、下に「減少」の文字が書き加えられていた。記者は図の意味するところを理解しているようにも見える追記である。だが長い記事の中でこの図に関する言及は一言もない。解説を加えると感染者が減少傾向にあるという事実と記事の間に矛盾を生じるからなのだろう。そうであれば記者は、読者の図に対する誤解を前提に「感染揺り戻し」の見出しを打ったことになる。

さて東京都の感染実態。1月中旬のピークから感染者数は激減して現在に至っている。この実態からどのように考えれば「感染揺り戻し」を懸念できるのかわからない。わからないから記者は敢えて図には触れなかったのだろう。

東京感染推移 3月2日 東京新聞HPより

何を書いているのかわからない人のために解説しておく。

わかりやすいように東京の感染者数の推移を模式的に示したのが下図。ポイントは感染者数が漸増から急増してピークとなり、その後急減、やがて漸減してゼロになるというもの。現実ではゼロにはならないが、現在の東京はこの漸減期に相当している可能性が高い。なお縦軸も横軸も数字に意味はないが概念的には100%正しい。

筆者作成

この模式図における増減率の変化率を示したものが下図。日経掲載の図を模式的に完璧に再現できていることがわかるだろう。またこの図から上図の実態である感染者推移をイメージできる一般人は極めて稀だろう。

筆者作成

さて、ピークに達する過程では増減率は減少してゆき、ゼロとなった時点がピークである。ピークからしばらくは減少率が拡大していくが、あるところで最小値に達する。ここが数学的には変曲点。その後、減少率は増大してゆき最終的に0に達した時点で感染者数はゼロになる。この程度のことは理系を目指す高校生なら常識。現実世界ではノイズが不可避なのでゼロになることはなく、感染者数の平衡値ようようなものに達したところで減少率はゼロ前後で揺らぐことになる。なお、現実を無視しゼロを目指すのゼロリスクバイアスである。

小池知事は毎週7割(=30%減)を維持できねばならず8割9割(20%や10%減)では感染防止は達成できていないとの御託宣であった。しかし上述のように収束過程では減少率は減少してゆくのが自然の摂理である。東京都のマイナス領域での感染者率の増加は、平衡値に近づいている証左に他ならないと考えるのがまともな判断ではないか。

まさに知事たちとマスコミの共同制作による悲喜劇である。

加藤完司(元フェロー、エンジニア)理工学部大学院卒、石油開発企業にてプロジェクト評価、技術評価などに従事、二度の海外駐在など海外経験豊富。石油関係の発表論文多数。