オーストリアのチロル州がコロナワクチン接種実験所に

オーストリアの クルツ首相は4日、デンマークのフレデリクセン首相と共に、イスラエルを訪問、ネタニヤフ首相との3国首脳間でワクチン製造に関する連携を協議し、新型コロナウイルス(Covid-19)に対する研究開発に関する共同基金の設立で合意した。具体的には、ワクチンの共同開発、製造だ。同基金が具体的にいつスタートするかはまだ不明だ。基金総額は推定5000万ユーロという。

▲ワクチン製造開発の連携で合意した3国首脳、クルツ首相(中央)、ネタニヤフ首相(右)、フレデリクセン首相(左)(オーストリア連邦首相府公式サイトから、2021年3月4日)

ネタニヤフ首相によると、オーストリアとデンマークのほか、他の国からも同じようなプロジェクトの話が来ているという。欧州連合(EU)のワクチン供給政策の遅滞もあって、クルツ首相のように、独自のワクチン供給源探しに乗り出す国が出てきている。

クルツ首相は、「わが国はワクチン供給問題ではEUと連携を取る一方、世界各地でワクチン確保に乗り出さなければならない」と指摘、同首相によると、人口900万人の同国では来年には3000万本のワクチンが必要となるという。

イスラエルのワクチン接種キャンペーンは世界的にみても最も成功している。その主因はワクチン供給が十分だという点だ。ネタニヤフ首相によると、イスラエルは米製薬大手ファイザーとの間で、同社と独バイオ医薬品企業ビオンテックが共同開発したワクチン(BNT162b2)を受ける代わりに、ワクチン接種データーを提供することで合意が成り立っているという。

ところで、EUとオーストリアのチロル州との間で興味深いプロジェクトが進められている。チロル州のシュヴァツ地区(Schwaz)は欧州でも南アフリカ発のウイルス変異種の感染が人口比で最も多いことから、ワクチン接種実験室として注目されている。人口8万人のシュヴァツ地区にファイザー・ビオンテック製のワクチン10万本がEUから提供され、18歳以上の住民にワクチン接種が行われることになった。

ワクチン接種は強制ではなく、あくまでも住民の自由意思に基づく。このワクチン接種期間、同地区から出ていく住民はウイルス感染テストの陰性証明書を提示しなければならない。同地区では今月11日のワクチン接種開始から一定期間、完全に閉鎖されるという。

欧州で特定の地域が指定され、そこで住民一斉にワクチンが接種されることは今回が初めてだ。シュヴァツ地区で感染が広がっている変異種(B.I.351)に対し、ワクチン接種がどのような効果をもたらすか、変異種の反応などをワクチン専門家やウイルス学者が集まって研究する欧州最大規模のプロジェクトだ。クルツ首相、アンショーバー保健相、チロル州のプラター州知事らが3日、合同記者会見でシュヴァツ・プロジェクトの概要を初めて明らかにした。

クルツ首相は、「これはシュヴァツ住民にとって大きなチャンスだ。南アフリカ発ウイルス変異種を完全に一掃できる」とプロジェクトの成功に期待している。

同州の「緑の党」のIngrid Felipe氏は、「全ての住民は今回のワクチン接種の申し出を受け入れてほしい」とアピール。アンショーバー保健相も、「貴重なチャンスを利用してほしい」と強調している。同プロジェクトに参加するウイルス研究者は、「ワクチンがウイルスの感染時にどのような役割を果たすかが分かるだろう」と期待している。

もちろん、同プロジェクトに対しては賛成だけでなく、反対の声もある。州議会の野党自由党やネオスでは、「シュヴァツ地区が欧州のワクチン接種実験室となる。世界大手医薬品メーカーはアフリカやインドでその新薬の効用を実験してきたが、今回はシュヴァツで同じ実験を行うわけだ」といった声が聞かれる。

同時に、早期のワクチン接種を願っている国民からはシュヴァツ住民を羨む声も聞かれる。ケルンテン州のヘルマゴール地区は「英国発のウイルス変異種(B.1.1.7)に対するワクチンの効用を研究するプロジェクトに協力する用意がある」とエールを送っている。

オーストリアやドイツでは、EUのワクチン供給が遅滞し、国民に十分なワクチンを接種できない、といった苛立ちの声が聞かれる。EUから離脱した英国は4日現在、2100万人以上の接種(人口比で32.4%)を終了している。ドイツのワクチン接種率は8%を超えたばかりで、オーストリアはもっと低い、といった有様だ。

ワクチン接種率が低いのは国民に提供できるワクチン供給量が十分でないからだ。そこでオーストリアのように、EUブリュッセルのワクチン供給に依存せずに、独自にワクチン供給源を模索する加盟国が出てきたのだ。ちなみに、欧州の大手製造メーカーの中にはワクチン製薬メーカーから独自に従業員用分のワクチンを購入し、コロナ禍で工場が閉鎖される事態を避けようとする動きが見られる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年3月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。