中東和平をぶち壊すバイデンに忠告するキッシンジャーの謎

その実体や存在が未だ判然としない「ディープステート(DS)」なるものが、先の米大統領選でのバイデン勝利に一役買ったとする話がたまにネットなどに上る。DSの一角として、ユダヤ系の国際金融資本や半世紀前に共産中国を国際舞台に導いたユダヤ系のキッシンジャー博士の名前も登場する。

キッシンジャー氏(White House Photographic Office)

そのキッシンジャー(以下、博士)が、「バイデンは中東でのトランプ政権の『輝かしい』成功を支持すべき」と述べたとの記事が3日、米メディアワシントンフリービーコンに載った。DSの一人?がバイデンにトランプの政策を支持せよと忠告したとなれば、筆者ならずとも興味が湧こう。

発言が出たのは、2日に行われた「ニクソン財団」の初回セミナー。安全保障と外交政策に重点をおいている保守系の財団だけあって、当日は、ポンペオ前国務長官、オブライエン前国家安全保障顧問、同補佐官ポッテンジャーなど、前トランプ政権のその分野の主だったメンバーが出席した。

博士が「brilliant」と称えたトランプの政策とは、イスラエルとアラブに和平をもたらすであろう20年8月の「アブラハム合意」だ。イスラエルとアラブ首長国連邦が国交正常化に合意し、9月にはバーレーンも加わった。これをエジプトも歓迎し、ヨルダンも平和交渉の前進につながると発表した。

イスラエルとUAEの国交回復を発表するトランプ米大統領(ホワイトハウスサイトより:編集部)

博士はこの合意の戦略がテヘランを孤立させるのに役立つうえ、米国の利益を促進する中東の外交政策への新しいアプローチへの扉を開いたとし、「イランがどこに向かっているか判るまで、イランへの圧力を放棄すべきでない」と述べて、以下の2つの点で「brilliant concept」だと称賛した。

  1. パレスチナ問題が他のあらゆる問題の拒否(veto)に繋がらないよう分離したこと
  2. スンニ派のアラブ諸国を、それを脅かすシーア派の国(イラン)に対抗できるよう束ねたこと

思い返せばトランプの中東政策はきっちりステップを踏んでいた。17年12月、トランプはエルサレムをイスラエルの首都として認めると発表、これまで米国が踏み切れずにいたことを明言した。19年11月には、イスラエルの占領地区の入植地を国際法違反とは認めない、と方針転換した。

そして20年1月29日、満を持して中東和平案を発表した。その骨子はパレスチナを独立国家とする一方で、ヨルダン川西岸のイスラエル入植地でイスラエルの主権を認めるというもの。トランプの女婿(イヴァンカの配偶者)でユダヤ系のクシュナー補佐官がその立案と交渉に関わったとされた。

パレスチナ自治政府のアッバス議長はこれを「謀略」として拒否、ガザ地区ではパレスチナ市民数千人が抗議し、イスラエルも40万人が暮らすヨルダン川西岸の入植地で駐留部隊を増員した。双方が権利を主張するエルサレムの東地区では35万人のパレスチナ人が独立後の首都を夢見ていた。

トランプはこの時の会見で、「今日、イスラエルは平和に向けて大きく一歩前進した」と述べ、「私のビジョンは、両者にとってウィンウィンとなるものだ。パレスチナ国家が成立してもイスラエルの安全を脅かさないようにする、現実的な二国家共存策だ」と続けた。

が、当時のメディアは、初の弾劾裁判に直面していたトランプと、汚職疑惑に絡んで出していた訴追免除を断念したネタニヤフ首相が、あたかもこれらのスキャンダルから目を逸らすために和平を演出しているとも取れる報道に終始した。が、「アブラハム合意」はこの1年半後、現実となった。

博士が明快に分析するように、この政策のポイントは、中東和平の合意であると同時にイラン包囲網の形成であることだが、トランプはイランに対しても着実に手を打った。18年5月にトランプが離脱を発表したイラン核合意は、オバマが15年に欧州を巻き込んで成立させたものだった。

トランプは離脱の理由として、核計画の制限が期限付きなうえ、弾道ミサイル開発も制限していないこと、中東地域に脅威をもたらす「1000億ドルの臨時収入」をイランに与えたことなどを挙げ、制裁の再開を示唆した。これにイランは猛反発、欧州首脳や国連事務総長も「深刻な懸念」を表明した。

他方、イスラエルのネタニヤフ首相は、トランプが「悲惨な」合意から「思い切って」離脱したことを「全面的に支援する」とし、サウジアラビアもトランプの決定を「支援し、歓迎」した。ここに博士が称賛する、中東和平に繋げるためのトランプの深慮遠謀があった。

さらにトランプは大統領選投票後の昨年11月12日、IAEAが前日にイランがウラン濃縮施設の高性能遠心分離機を地下へ移動させたとする報告書を発表したのを受けて、イラン核施設を攻撃する選択肢について政権幹部に意見を求めていた。結局は制止されたものの、おそらくは意図したリークだろう。

一方のバイデンはどうか。就任早々イラン核合意への復帰方針を表明、これを推進したオバマ政権の外交官だったジョン・ケリーを「気候変動のツァーリ」に、ロバート・マレーをイラン大使に、コリン・カールを国防次官候補に、議会での超党派の反対を押し切って、それぞれ政権幹部に登用した。

2月26日には米国の情報機関を統括する国家情報長官室が、18年に起きたサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏の殺害事件について、サウジアラビアのムハンマド皇太子がカショギ氏の「拘束もしくは殺害する作戦を承認した」とする報告書をわざわざ公表した。

この事件では「国境なき記者団」(RSF)が3月2日、ムハンマド皇太子ら5人を「人道に対する罪」で前日にドイツの検察に告発したと発表した。RSFは「ドイツの法律は外国で行われた国際的な重大犯罪に関して自国の司法制度に管轄権を認めているため、告発先として最適だ」と述べた。

バイデンはRSFの告発に先んじて報告書を公表したのだろう。が、これもトランプ政権が同皇太子を(おそらく政治的意図から)不問に付していた事案だ。またバイデンは、トランプが1月19日に決定したイエメンのシーア派武装組織「フーシ派」のテロリスト組織指定を解除する意向も示した

さらにバイデンはUAEとサウジとの武器取引を見直すとして、一時凍結した。その政権が人道を売り物にしている手前の意味や、トランプ政策の卓袱台返しする意図もあってのことだろう。が、それらが中東に引き起こすリスクを考えない短慮と思われても仕方ない。

途端にイランが支援するフーシの過激派が、紅海に面した国営石油会社サウジアラムコビアの施設をミサイル攻撃した。2月25日の米国によるシリア空爆も、それが親イラン武装勢力への報復だったとしても、議会の承認なしで行ったと身内の民主党議員から批判が出る事態は混乱に違いない。

ディアスポラ(パレスチナを離れて暮らすユダヤ人)の歴史は遥か紀元前に遡る。ペルシャとユダヤの諍いも紀元の前後を跨ぐ。ユダヤとアラブの抗争が激化した第一次大戦からでも一世紀が経つ。この気の遠くなるような長い抗争を終わらせるかも知れぬ中東和平を、トランプは4年間で築き上げた。

それをバイデンは、まるで幼児が積み細工を崩すようにぶち壊しつつある。が、国際社会の混沌はDSの望むところではなかったか。だのにキッシンジャーはバイデンになぜ忠告するか。謎の答えは、博士はDSと無関係、博士のアリバイ作り、そしてDSは幻想、はたまたハリス登板の地ならしか。