欲しがりませんゼロコロナまでは:80年前とのアナロジー

緊急事態宣言と世論調査

新型コロナに対する緊急事態宣言に慎重な菅政権でしたが、大新聞が世論調査という形で発表した強力な国民世論に応じる形で緊急事態宣言の発出・追加・延長・再延長を決定しました。

「緊急事態宣言を出すべき」66% [2020/12/26・27 読売]
→緊急事態宣言 表明(2020/01/05)

「緊急事態宣言のタイミングが遅すぎた」79% [2020/01/09・10 共同通信]
→緊急事態宣言追加 表明(2020/01/12)

「緊急事態宣言の延長を」9割 [2020/01/29~31 日経]
→緊急事態宣言延長 表明(2020/02/02)

「緊急事態宣言の再延長を」8割 [2020/02/26~28 日経]
→緊急事態宣言再延長 表明(2020/03/03)

ここで極めて非論理的であるのが、緊急事態宣言という高度な科学的知識が必要となる判断を専門家でもない国民に聞いて一体どのような意味があるかということです。しかも、新聞・テレビは実効再生産数すら示すことなく、ひたすら根拠もなくゼロコロナの論調一色に染まっていました。明らかに、科学的知識がない国民にとっては、新聞・テレビが主張する緊急事態宣言を肯定する選択肢しかない状況にあり、このような状況下で行われた結論ありきの世論調査は、大衆を悪用した単なる政権攻撃に他なりません。いまや新聞・テレビのモティヴェイションは、社会正義や国民の幸福の実現ではなく、政府という強い悪者と対峙する正義の味方を安易に演じている自分を誇示する自己実現&承認欲求に過ぎないのです。

Yusuke Ide/iStock

上記の記事の内、特に悪質なのは1/29~31と2/26~28の日経新聞の記事です。

緊急事態「延長を」9割 [2020/02/01 日本経済新聞]
日本経済新聞社とテレビ東京は1月29~31日に世論調査を実施した。2月7日に期限を迎える新型コロナウイルスへの緊急事態宣言について、発令中の全域あるいは一部地域で延長を求める回答が9割に達した。

緊急事態「再延長を」8割 [2020/03/01 日本経済新聞]
日本経済新聞社とテレビ東京は2月26~28日に世論調査を実施した。新型コロナウイルス対応で首都圏の1都3県に発令する3月7日までの緊急事態宣言については全地域か一部地域で「再延長」を求める回答が8割を超えた。

日経新聞は、①発令中の地域全てで延長すべきだ、②感染拡大が続く一部地域に絞って延長すべきだ、③全ての地域で解除すべきだという選択肢を設定した上で、①②の合算値をもって「緊急事態延長を 9割」「緊急事態再延長を 8割」というタイトルをつけています。

重要な事実として、2つの世論調査の調査時点および記事の発表時点では、緊急事態宣言が発令中の地域すべての実効再生産数は1未満でした。つまり、日経新聞は、存在していない「感染拡大が続く一部地域」を前提とした仮言判断をあたかも定言判断であるかのように調査の被験者(participants)に誤解させた上で「発令中の地域全て」という定言判断の回答と理不尽に合算したのです。「9割」「8割」という記事を躍らせた数値は、仮言判断の前提が成立していないので、紛れもないフェイクです。日経新聞は無理やり国民の意思決定を捻じ曲げた【疑似事実 pseudo-fact】を造ることで政権に圧力をかけたのです。

マスメディアを盲信する日本国民

今回もそうであったように、日本国民はしばしばマスメディアの論調一色に染まって一方向に暴走しますが、そのことを示す興味深い客観的調査結果があります。世界各国の国民の価値観を数年毎に測定する国際プロジェクトである世界価値観調査 [WVS=World Values Survey] では、日本を含めた世界各国の国民が持つマスメディアに対する価値観を調査しています。 最新のとりまとめは2017年~2020年に行われたものであり、日本では2019年に調査が実施されています。

図-1は、各国国民の政府への信頼度とテレビへの信頼度(”A great deal”と”Quite a lot”の回答の合算値)の関係をプロットしたものです。

図-1 各国国民の政府への信頼度とテレビへの信頼度の関係

先進各国の国民が、自国政府に対してテレビよりも高い信頼感を持っているのに対して、日本は世界でも極端な「政府よりもテレビを信頼している国」であると言えます。この傾向は、新聞でも同じです。図-2は、各国国民の政府への信頼度と新聞への信頼度をプロットしたものです。

 

図-2 各国国民の政府への信頼度と新聞への信頼度の関係

この図から、日本は世界でも最も極端な「政府よりも新聞を信頼している国」であると言えます。さらに、日本国民は、新聞とテレビを強く信頼しているだけではなく、新聞とテレビを毎日の情報源として世界で最も利用している国と言えます。図-3は各情報ソースを毎日利用する人の割合を示したものです。

 

図-3 各情報ソースを毎日利用する人の割合

これらの結果から、多くの日本国民はマスメディアが提供する情報を基にマスメディアの論調を信用して意思決定しているものと考えられます。マスメディアが政権を適正にチェックすることは、民主主義体制と国民の基本的人権を守る上で極めて重要ですが、日本国民が過剰にマスメディアを信用している状況は極めて危険でもあります。

政権が民主主義のルールに則って主権者である国民から負託された機関であるのに対し、マスメディアは完全なる私的機関に過ぎません。このような機関を過剰に信頼して実質的な権力を与えることは民主主義の破壊に他なりません。

例えば、2015年の安保法制の議論においては、一致団結したマスメディアの偏向報道によって「安保法制が成立すれば日本は徴兵制となって米国と一緒に世界中で戦争を始める」と印象操作された大衆がヒステリックに法案に反対しました。それまで高い支持率を得ていた安倍政権は、法案成立のために理不尽に政治的リソースを使い果たしました。

また、安倍政権は憲法改正を公約として繰り返し選挙に大勝しましたが、マスメディアが「モリカケ桜」を攻撃材料にして異様な政権攻撃を続けたため、安倍政権の支持率は上下動を繰り返し、憲法改正どころか憲法改正の議論すら実現できませんでした。このように、マスメディアのあからさまな情報操作・倫理操作によって、政権は政策の議論の場を失い、日本国民の主権が奪われているのです。

80年前とのアナロジー

そもそも日本国民は、80年前から政府よりもマスメディアを信頼する国民性を持っていました。日本国民は、東京日日新聞の百人斬り競争に関心を抱き、朝日新聞の戦争賛美キャンペーンに心を躍らせ、日米開戦を支持しました。ハルノートの要求をのめなかったのは、昭和天皇から対米開戦回避の指示を受けた東条政権ではなく、マスメディアに操られて戦意高揚していた国民でした。

日米開戦からちょうど80年後の2021年、新聞・テレビは、かつての大本営発表における「戦果水増し」と「損害隠し」のように、「感染拡大」の印象報道と「感染縮小」の隠蔽を繰り返し、実現不可能な「ゼロコロナ」を目指しています。最近は「減少は鈍化」なる新たなマジックワードを開発して恐怖を煽っていますが、これは緊急事態宣言を解除すれば必然的にリバウンドが発生することを示唆する脅しです。一方で新聞・テレビは、ゼロコロナ誘導に不都合な「倒産」「失業」「自殺」「DV」「マイナスの超過死亡」といった事実をほとんど報道しません。相変わらず自分の論調に好都合な情報のみを提供するあからさまな【チェリー・ピッキング cherry picking】が継続的に行われているのです。

マスメディアに操作された日本社会の風潮はまさに「欲しがりません勝つまでは」という大政翼賛会による国民決意の標語とよく一致するものです。もっぱら私たち国民は「一億火の玉」であり、「もう一段暮しを下げてもう一艦」のごとく、経済など後回しにしてひたすらゼロコロナを目指すよう、思考停止に自粛することが求められているのです。感染が拡大すれば、「その手ゆるめば戦力にぶる」のごとく国民の気の緩みのせいであると分科会から認定され、マスメディアからは「敵より恐い心のゆるみ」のごとく説教を受けます。とりわけGo Toキャンペーンなど口に出すようならば「ぜいたくは敵だ」のごとく「非国民」扱いされるのは必至です(笑)。

ちなみに分科会は、効果が認められなかった緊急事態宣言を「見たか戦果、知ったか底力」「さあ2年目も勝ち抜くぞ」のごとく根拠なしに肯定しています。最近では、科学的根拠を示すことなく「まだまだ足りない辛抱努力」「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」のごとく、国民に自粛を求めるだけの存在と化しています。

なお、マスメディアの恐怖の扇動によって発生した日本国民の集団ヒステリー状態はさらに強度を増しています。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」という自身の発言を謝罪した東京五輪組織委員会の森喜朗会長に対して国民は一色に染まって辞任を要求、既に謝罪済みの過去の行動を理由に橋本聖子新会長を一色に染まって極悪人のように非難、接待を受けて辞任した山田真貴子広報官の入院を一色に染まって逃亡者認定といったように、マスメディアが指定したスケープゴートに対し、一色に染まって総攻撃をかけています。

このような状況の中、就任半年の菅首相が、国民世論に反して緊急事態宣言を解除できるかといえば、極めて困難であると考えられます。陸軍大将の東条首相は「日本必負」の認識を持っていたにもかかわらず『日本ニュース』のプロパガンダを信じ込まされた国民の熱狂におされ意思に反して日米開戦を選択、史上最長の総理である安倍首相さえもワイドショーのプロパガンダを信じ込まされた国民の怒号におされ意思に反して緊急事態宣言を発令しました。自由と民主主義の社会では、国の重大事にあたっては、たとえ根拠が全くない、どうしようもなく稚拙な選択であっても、主権者である国民の意見が尊重されるのです。

皆がそう思うのであれば私も

前出の世界価値観調査において、非常に残念な結果があります。それは、「もちろん、戦争が起こらないことを望みますが、もし起こったら、自国のために戦いますか」という問いに対する日本国民の回答です(図-4)。

図-4 戦争発生時の国民の戦闘意思

この問いに対して「はい」という回答を示した日本国民は約1割と異様なまでに低い値を示しています。ただ問題はそこではありません。問題視すべきは、国民の約4割が「わからない」という回答を示したことです。戦争という自分の人生において最大の危機が訪れても自分で判断ができないという状況こそ極めて深刻です。もし仮に、このような事態が発生した場合に、多くの日本国民がどのような回答を示すかといえば、おそらくマスメディアの論調に従うものと考えられます。

現在の日本社会の最も大きな問題は、社会の意思決定を人任せにするところであり、それも自分達が選んだ政治家に任せるのではなく、情報操作と倫理操作に長けたマスメディアの論調を疑うこともなく迎合することです。これは、政治家が行う「独裁政治」よりももっと危険な、私人が行う「専制政治」を迎合することに他なりません。


編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2021年3月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。