2月18日、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の理事会で、女性蔑視の発言が問題視された森喜朗会長の後任に橋本聖子氏が選ばれた。
ここでは、まず森氏とほぼ同時期に辞任を表明した、大手会計事務所KPMGの英法人会長による発言の波紋、そして性差別をなくするための英国の状況を紹介してみたい。
失言によるトップの辞任は珍しくない
2月8日、大手会計事務所KPMGのビル・マイケル英法人会長(52歳、2017年から英法人会長及びシニアパートナー)は、オンラインでのスタッフ会議の中で、賃金削減や雇用維持の不安に駆られる従業員に対し、「被害者を演じないように」、「愚痴を止めるように」などと発言。さらに、差別につながる「『無意識の偏見』は存在しない」とも述べた。
前者の発言に対し、従業員から批判の声が広がった。
後者の「『無意識の偏見』は存在しない」という発言は意識的及び無意識による差別の存在を否定する・あるいはその被害を矮小化する印象を与えた。
後、マイケル氏は発言について謝罪し、自分の信条を反映していないと述べたが、批判の高まりを抑えることができなくなった。
11日夜、マイケル氏は辞意を表明した。後者の差別の疑いがある発言については、弁護士事務所リンククレーターズ社が調査を行うことになっている。
後任が決まるまでの間、臨時の英法人会長にはビナ・メータ氏(下の画像で、上段左)が、経営実務を担当するシニアパートナー職にはメアリー・オコナー氏(メータ氏の右隣)が就任した。どちらも女性である。1870年創業の同社の約150年の歴史において、臨時的にせよ女性がトップの座に就くのは初めてという。
同社のウェブサイトによると、10人の理事のうち、現在は6人が女性である。
性差別を許容しない-広告
英国では雇用法(2010年)で年齢、障害、結婚、妊娠、人種、宗教、性、および性的志向による差別を禁じている。
広告業界では、自主規制組織「英広告基準協議会(ASA)」の姉妹組織「広告実践委員会」が策定する広告実践規定4-1条で、広告に「重大な、または広範な侮辱を引き起こすと見られる要素が入ってはいけない」と定めている。さらに、特別の配慮が必要とされる項目として「人種、宗教、性、性的志向、障害、年齢」が挙げられている。
ASAは、2018年、「性のステレオタイプ化」についての新規則を導入し、19年6月から順守が義務化された。
これによると、広告は「損害や、重要な・広範な侮辱を引き起こす確率が高い、性のステレオタイプ」的要素を含んではならない。
「性のステレオタイプ化」とは、特定の職業、地位、役割などが特定の性と結びつているように示すことを指す。例えば、「女性は育児に主な責任を持つ存在である」、「男性は家計を保証する」、「感受性の強さ、合理性といった特徴が特定の性だけのものとして描かれる」など。
上記のような文脈での広告があった時に問題視されるのは、職業、役割などが特定の性だけに固定されている、ほかの性の例を示さないなど。
「性のステレオタイプ化」以外にも、「特定の性に求められる、理想化された体の形になるようにという圧力」や「児童向け製品、活動の広告が特定の性に向けられ、それ以外の性には不適切であることを示す」こと、「特定の性のタイプに入らない人をあざける」ことも規則違反とされる。
規則違反とされた場合、広告主側は修正や取り下げを余儀なくされるが、たびたびの違反があれば、ASAは政府の取引基準局や情報通信庁(オフコム)に介入を依頼することができる。場合によっては罰金、禁固刑、放送業であれば放送免許の取り消しにつながる可能性がある。
▽ご参考(筆者記事)
性別によるステレオタイプな広告に対する反感が非常に強い社会的風潮が背景に
20日付の新聞を開くと、スーパー「マークス&スペンサー」の広告が載っていた。子供の学校の制服の広告である。
この広告を見て、皆さんはどう思われるだろうか。
筆者が気づいたのは、まず、「女の子がメイン」であること(男性がメインではない・男性をメインにしないというトレンド)。また、「女の子だから、ピンク色」という、性と色を固定化した設定にはなっていない。
上の左の写真で、オレンジ色のトップを着ているのは、有色人種の男の子である。「男の子=ブルーの色の洋服」というステレオタイプではない。有色人種の人物を一人入れることで、「英国に住む人は、白人だけではない」ことも示す。
社会の多様性を示す・促進させることが目的の広告ではないものの、さりげない感じで「女性=メイン」、「特定の色と特定の性を固定させない」、「白人だけが社会の構成員ではないことを伝える」などの要素が入っている。
ニュースの現場では-女性が半分以上を目指す
英国でニュース番組を見ていると、ふと「女性が多い」ことに気づく。
筆者は英国の放送局のニュースの他に、24時間ニュースのテレビ局「フランス24」、「ユーロニュース」、「アルジャジーラ英語」なども見ており、それぞれ女性がメインキャスターとなっていることも多いのだが、英国のニュースは「出演者全員が女性だった」ことが珍しくないことに、改めて気づいたのである。
女性に限らず、有色人種、キリスト教以外の宗教を信じる人、障がいを持つ人など、さまざまな背景を持つ人をニュースを伝える側に置く試みが続いている。
まだ十分に試みは成功しているとは言えないのだが、女性に関しては、BBCが「50:50プロジェクト(画面登場者の50%を女性にする)」を実践している。
また、BBCのプロジェクト以前から白人男性以外の司会者・記者・ほか出演者を登場させることに力を入れてきた放送局の1つがチャンネル4だ。
そのニュース番組が「チャンネル4ニュース」である。白人男性のジョン・スノーとマット・フレイが「重鎮」的位置にいるものの、女性陣キャシー・ニューマン、ジャッキー・ロングがメインの司会者になることも多い。「今日は全員は女性だった」という構成がよくある。
BBCの「50:50プロジェクト」については、以前にも紹介してきたが、最新の報告書「2020年インパクト・レポート」によると、24時間ニュースのチャンネル「BBCニュース」に出演するコメンテーターの53%が女性(昨年3月時点)、夕方6時のニュースでは51%が女性に達しているという(同時点)。
ほかの報道番組でも女性の出演率が多くなったことで、視聴者はどう受け止めているのか。
BBCが調査会社「ユーガブ」に依頼して、2000人に聞いたところ、39%が「男女の比率が変わった」ことに気づいていた。
16歳から34歳に限ると、40%が「より番組を楽しむようになった」と述べ、特に、「16歳から24歳の女性」の間では、66%が「より楽しむようになった」という。
25歳から34歳の女性の32%が、BBCのコンテンツをより利用するようになった、と答えている。
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2021年3月10日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。