天然ガス政争の陰で進行する東地中海フラクタル(二宮 美樹)

グローバル・インテリジェンス・ユニット シニアアナリスト 二宮 美樹

3月10日(エルサレム時間)アラブ首長国連邦(UAE)が「東地中海ガス・フォーラム」(EMGF、EastMed Gas Forum)への加盟を拒否された。創設メンバーであるパレスチナが「拒否権」を行使したのである(参考)。

「地政学に基づく世界史の展開が如実に現れるのが天然ガス・パイプラインである」と言われる(参考)。

Eisenlohr/iStock

EMGFはキプロス、ギリシア、イスラエル3国の「エネルギー・トライアングル(Energy Triangle)」と呼ばれる天然ガス・パイプラインを中心とした国際組織である(参考)。

エネルギー・トライアングル(出典:Wikipedia)

その前日の3月9日(カイロ時間)に多国間条約が発効されたところだ(参考)。

その一方で同日、EMGFはフランスの加盟要請を承認し、米国をオブザーバーとして承認した。

そもそもUAEのEMGF参加要請はイスラエルからの推薦だった。

そしてUAEがパレスチナによってEMGF参加を拒否された翌日の3月11日には「歴史的」となるはずだったイスラエル首相によるアラブ首長国連邦(UAE)への訪問が突然キャンセルされた。発端は同じくEMGFの創設メンバーであるヨルダンの王室が起こした意味不明のいざこざだった(参考)。

イスラエルは1948年の「建国」以来、エネルギーを他の諸国勢に依存する立場に置かれ続けてきた。しかし天然ガス田の発見によってこれら隣国との立場は決定的に変わった。

「宗教・民族対立」が原因だと捉えられがちだが、実際のところイスラエルを巡る紛争の背景には「地下資源を巡る暗闘」がある。それが「天然ガス」なのである(参考)。

もう1つ、トルコの存在がある。トルコはEMGFのメンバーではない。しかし昨年(2020年)、東地中海のガス田権益を巡り、ギリシアとそしてギリシアへの軍事支援を表明したフランスなどとの間で緊張が高まっている(参考)。

そもそもキプロスにおけるトルコ系住民とギリシア系住民との間の対立「キプロス紛争」は英国がキプロスを中東に対する拠点として重要視し、ギリシアによるキプロス支配を忌避すべくトルコを巻き込んだところから始まったものだ。そして「キプロス紛争」において英国が用いてきたのが「天然ガス」というツールであり、イスラエルの沖合に眠る膨大な天然ガスなのである(参考)。

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他方でフランスは今回のトルコからの挑発を受け軍備増強に踏み込んだギリシアへの支援によって利益を得ている。

表面的には天然ガス資源を巡る“角逐”の様に見えつつも、実際には「キリスト教世界」をかつて蹂躙したトルコ(イスラム勢)に対する「封じ込め」政策の一環として、明らかにフランスがギリシアを支援している点にも注意が必要だ。

「敵・味方」が入り乱れる中で結果として「戦争経済」が持続・拡大しつつある様に“演出”されている背景に西欧における歴史観が垣間見えるのである。

イスラエルが推薦したUAEのEMGF加盟を「イスラエル・アラブ問題」の根源であるパレスチナが阻止し、初のUAE訪問を果たそうとしたイスラエルを「アラブの結束」を強調するヨルダンが阻止する結果となった。

密かに進行しつつある西洋諸国による「トルコ封じ込め」と「イスラエルの処断」の行方を引き続き注視したい。

二宮 美樹
米国で勤務後ロータリー財団国際親善奨学生としてフランス留学。パリ・ドーフィンヌ大学大学院で国際ビジネス修士号取得。エグゼクティブ・コーチングファームでグローバル情報調査を担当、2020 年7月より現職。