中国の「双循環戦略」が持つ意義(J.パンダ)

マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー

「両会(Lianghui)」として知られる全国人民代表大会と中国人民政治協商会議の中心議題は、第14次5ヵ年計画の公式ロードマップの発表であった。これらの会合では中国が2035年までに「経済、科学技術およびその他の分野で現代的な社会主義国家」となる国家目標が掲げられたが、世界での需要回復や製造業の目覚ましい復調、ここ5年間で最多となった2020年の外貨準備高 、輸出の記録的な伸びといった事情の他 、主要諸国に比べて順調に新型コロナウイルスに対処できた情勢の中でも、これらの国家目標はすでに取り沙汰されていた。

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しかし、中国経済はサプライチェーンの脱中国依存の高まりや厳しさを増す米中対立、10年にわたる中国経済の低成長に繋がっている不安定な政策調整への圧力を引き起こしている新型コロナウイルスといった複雑に変動する環境に直面している。非協力的な国外情勢における内需の強化(国内大循環)と中国経済の世界への開放性の確保(国際大循環)から成る「双循環戦略」は、習近平が正にこれらの課題解決を意識したものである。ポストコロナの時代において、このような戦略は如何に中国経済の未来を形成するのであろうか。そして、成長が続く経済構造にはどのような限界が考えられるのであろうか。

「双循環戦略」という言葉は2020年に初めて使われた。それは習近平が国内市場を「大黒柱」とし、そして国家経済の円滑な循環により国内外市場の相互サポートを確保する「新発展モデル」の創設を目指したものである。「双循環戦略」の主要目標は、中国経済の長期的な海外依存の緩和と、鈍化する経済成長への取り組みを目指しつつ、国際市場における中国企業の優位性を後押しすることによって、中国の経済成長における海外市場の重要度を抑制することである。「双循環戦略」は14億人の消費者を抱える国内市場に資本を投下し、中国製造業の能力向上を図るものであり、同時にサービス分野での貿易促進を目指す。国内の消費と需要に注力することで、中国は貧富の格差を縮小し、より生産性の高い分野への土地、労働力および経済力の分配を通じて市場のひずみを改善し、そして戸籍制度の制限緩和による労働者の自由移動を確保しようとしている。

「双循環戦略」が中国の将来にもたらす意味については評価が分かれている。米国と欧州では、中国が海外経済への依存度を下げ、国内市場志向の経済へのシフトを目指していると見る向きもある。このような動きは特に、新型コロナウイルスによる世界的なサプライチェーンの機能停止に乗じ、中国経済との関係遮断(デカップリング)を目指す米国が懸念する要因となっている。多様なサプライチェーンネットワークへの需要と同様に、米中間の貿易・ハイテク戦争は、半導体といったハイテク製品の米国依存のように、輸出に強く頼っている中国の脆弱性を浮き彫りにした。しかし、国内サプライチェーンを強化するイノベーションを促進し、中国の消費・生産基盤の国内化を目指す「双循環戦略」が実現すると、上述のようなデカップリングはもはや米国の目的に適わず、従って地経学的なパワーツールとして機能しなくなってしまうだろう。

さらに、「双循環戦略」の実行と滑り出しの成功を阻む障害があるにも拘わらず、中国では「双循環戦略」が非常にうまくいくと期待されている。それでも、この戦略は鄧小平の改革・開放政策からのパラダイムシフト(大転換)である。同時に、輸出投資モデルから内需モデルへ緩やかに移行する中国政府の政策転換もあって、「双循環戦略」が中国経済の従来型発展モデルの延長として機能するだろうという声もあり、先行きについては識者の見解は分かれたままである。加えて、中国政府は2013年以来、都市と農村間における不平等の是正に尽力している。貧困解消に向けた継続的な取り組みを目指す第14次五ヵ年計画とともに、中国は貧困撲滅で「完全な勝利」を収めたとする習近平の宣言は、都市化された生産と消費基盤を構築する「双循環戦略」の構造と共鳴するものである。

習近平の大きな目標は、経済的デカップリングの脅威である米国の存在や製造業の中国からの撤退、米中貿易戦争などに促されながらも、中国の財政状況と望ましい経済目標への打撃を避けるべく、経済分野で主導権を握ることである。新型コロナウイルスの蔓延による世界経済への悪影響と、米国による中国の経済と技術発展への制限により、中国の選択が自ずと内向きとなっている。それ故に、グローバル化した世界秩序の恩恵を享受しながらも、中国の今の重点は国内市場の構築に置かれている。例えば、ファーウェイへの制裁を含めた米国による中国からの輸入制限に対抗し、中国は2020年10月に輸出管理法を制定した。これは中国で初めてとなる輸出管理に関する包括的な法律であり、国家の安全を理由にあらゆる海外企業への輸出を制限もしくは停止できるものである。

これに加え、科学技術を巡る米中対立により、米国商務省が米国製ハイテク部品の対中輸出を禁止することとなった。「双循環戦略」を通じて高精度な回路や半導体といった重要分野で国産技術を構築することは、中国の最優先事項であるだろう。実際、「双循環戦略」は中国の自立と回復力を促す国産イノベーションの実現に力点を置く「中国製造2025」のような国内外の諸政策に基づき、それらを加速させるものである。同時に、現代技術の世界基準を定める青写真の公開や、ハイテク分野のイノベーションと現代化における中国のリーダーシップ発揮を目指す「中国標準2035」戦略や「デジタル・シルクロード」といった構想とも同調するものである。これらは全体として、中国の国力向上を目指すものであり、そこでは「双循環戦略」が中心的な役割を担うと見られる。また、国内的には生産コストが嵩むであろうが、中国の戦略的計算では、米国も同程度に市場を失いイノベーション能力も阻害されることでバランスが取れるだろう。

それでも、「双循環戦略」は今のところは期待ができるようにも見えるが、中国経済の目標達成の前に乗り越えなくてはならない重要な課題が残されている。中国政府は国家主導による投資と輸出への集中から国内消費に基づく消費支出へと成長の原動力を修正するために、成長モデルと富の分配システムを根本的に改革していく必要があるだろう。このような構造改革の実現には困難が伴うかも知れない。さらに、今後も開放的な中国経済を続ける上で、世界の貿易相手国にその実現性を確信させる必要もあるだろう。「双循環戦略」が決して中国が孤立を目指しているという意味ではないことを保証しなくてはならない。

つまり、グローバリゼーションは中国の経済利益にとって今でも中心的な存在であるということだ。従って、地域的な包括的経済連携協定(RCEP)への中国の加盟が決まった直後に、習近平は日本主導の環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)への参加を「好意的に考慮する」と述べたことは、「双循環戦略」路線に沿うものである。CPTPPとRCEPは、経済改革への集中と開放に対する中国の継続的な自信を強調するものである。米国のバイデン大統領がCPTPPへの復帰を目指しているため、加盟条件の厳格化を防ぎ多国間での意思決定で中国が影響力を持てるようにするには、米国より先に中国が加盟を果たさなくてはならない。それ故に、中国は三国間貿易の枠組みを強化しようとしている。この目的のために、国内外で財政基盤を強化しつつ、「双循環戦略」が中国の経済構造を本質的に変化させる。このような見通しは、特に日本と欧州による自由貿易への重視を前提とすれば、両者から支持されることが理想であるだろう。

2021年に中国共産党結党100周年を控える中、「双循環戦略」は今年までに「小康社会を全面的に」完成させるという第一の100年目標の達成と調和するものである。また、2049年に中華人民共和国建国100周年を迎える第二の100年目標は、「双循環戦略」が決定的な役割を果たすと見られる「社会主義現代化国家の建設」という次なる国家目標となる。これらの目標達成のために、中国は「双循環戦略」を通じ、新型コロナウイルスで遅れが生じた一帯一路の再構築やRCEP、CPTPPといったアジア主導による自由貿易の活用に注力し、国内消費の引き上げによってより多くの海外投資を呼び込もうとするだろう。しかし、中国が「双循環戦略」による経済的レジリエンス(回復力)を確保しなくてはいけない一方で、世界は内需へ集中する代わりに、中国との関与を調整する必要があるだろう。



ジャガンナート・パンダ 国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年3月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。