高齢者に薬物中毒・依存傾向が拡大

中国発の新型コロナウイルスの感染拡散で政治、経済、文化、そしてスポーツなど全分野で大きな変化をもたらしているが、犯罪分野でも伝統的な犯罪、家宅侵入窃盗事件やスリなどが激減する一方、不法なオンラインビジネス、詐欺事件が増加してきたことは、このコラム欄でも紹介した。

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ところで、ウィーンに事務局を置く国際麻薬統制委員会(INCB)は今月25日に公表した2020年「年次報告書」の中で、不法薬物の乱用、依存が高齢者層(65歳以上)で増加してきたことに警鐘を鳴らす一方、麻薬中毒による死者の増加、オンラインを利用した不法麻薬取引の拡散を指摘。また、医療目的ではないカンナビス(大麻)の合法化の動きに警告を発している。

プレスリリースによると、報告書は、1)高齢者の間で不法薬物の乱用が流行、2)COVID-19は医療目的の麻薬供給、予防、治療サービス分野、そして不法麻薬市場に影響を与えている、3)メタンフェタミン類や合成オピオイド(鎮痛薬)など薬物過剰摂取による中毒死の増加、医療目的外のカンナビスの乱用傾向に懸念を表明、4)アフガニスタンでのアヘン生産への懸念(2019年度世界アヘン生産の約84%を占める)、5)麻薬関連犯罪に対して法のルールと人権に合致した対応を要求、6)「麻薬一般に関する憲章」(1961年)60周年、「同修正条約」(71年)50周年を迎え、その成果などを特集し、国際条約の普遍的な履行を強調している。

コロナ感染が1年以上続き、コロナ規制で人々は疲れを覚え、精神的にストレスを受け、さまざまな心理的症状を呈する若者たちが増え、日本でも自殺件数で増加傾向が見られる。INCBの年次報告書は高齢者の間での不法薬物乱用問題を取り上げている。報告書は「高齢者の薬物乱用傾向は以前も見られたが、コロナ禍で合法的な医薬品への需要が拡大してきた。高齢者層の隠れた薬物乱用、依存傾向は高齢者の健康、福祉を損なっている」と警告を発し、この流れをストップさせるために加盟国に統合したサポートを呼び掛けている。

高齢者が乱用する薬物としては、鎮痛剤、精神安定剤、ベンゾジアゼピンなどだ。ちなみに、世界では2019年時点で65歳以上は約7億人、全人口の9%を占める。2050年にはその割合は16%に増加し、6人に1人が高齢者グループに入ると予想されている。社会の高齢化に伴い、高齢者の薬物中毒・依存は大きな問題だ。

また、コロナ感染の拡大で医療品のグローバルな供給網にネガティブな影響が見られること、コロナ感染者への治療増加で他の疾患を抱えている患者の治療にも影響が出てきていることなどを指摘し、「加盟国に医療薬の不足が拡大しないように対策を取るべきだ」と要請。特に、コロナ規制で外出移動の制限、隔離措置などで多くの人々が精神的、心理的な病に陥り、薬物乱用などの傾向が増加してきたという。

コロナ規制で海外旅行は禁止され、ソーシャルディスタンスで人と人の接触が厳しく規制されている。その影響は路上での不法麻薬取引、不法麻薬市場に影響を与えている。麻薬類によっては供給不足が見られ、価格を引き上げている。麻薬犯罪グループはオンライン取引、ダークネットを活用してきている。

INCBが懸念している点は、麻薬中毒死の増加だ。特に、麻酔や鎮痛、疼痛緩和に利用される合成オピオイドのフェンタニルやメタンフェタミンの乱用に関連した中毒死が増えてきた。

INCBは年次報告書でカンナビスの合法化には厳しく警告を発している。麻薬類をソフト・ドラックとハード・ドラックに分類し、前者の合法化に乗り出す加盟国が増えてきたからだ。

ニューヨーク発の時事電によると、ニューヨーク州は嗜好用大麻の合法化を決めている。「解禁により、年間3億5000万ドル(約380億円)の税収確保と最大6万人の雇用創出につながる可能性がある」という。合法化の対象は21歳以上。大麻を担当する規制当局を設立するほか、外出時に3オンス(約85グラム)までの所持などが認められるという。米国ではカリフォルニア州を含む14州で既に合法化されている。

合法化支持派は 「カンナビス禁止は歴史的にみても無理だ。人類の歴史で麻薬が摂取されなかった時代はなかった。この事実を受け入れる以外にないだろう。現行の麻薬関連法は多くの国民を犯罪人にし、新たに犯罪を生み出すだけだ。だから、強権で取り締まる麻薬対策は限界にきている」というわけだ。それに対し、INCBは「大麻の自由化は若い世代に間違ったシグナルを送り、麻薬の拡大を助長させる危険性がある」と警告し、「麻薬をソフト・ドラックとハード・ドラックに分類すること自体が間違いで、大麻には非常に危険な化学成分(カンナビノイド)、例えば、テトラビドロカンナビノール(THC)が含まれている」と指摘し、大麻の自由化は危険だと説明する。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年3月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。