野村證券に何が起きたのか?

岡本 裕明

月曜日の東京市場、日経平均が大きく上げる中、野村證券の株価がドツボにはまっていたのに気が付いた方もいらっしゃったと思います。一時、17%以上下げ、終値も16%下げました。同社株の歴史でもかつてないほどの衝撃的な売りこまれ方でした。

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会社側の発表はアメリカ子会社の顧客絡みの請求を取り損なう可能性があり、その額、最大2200億円というものでした。巨額です。何が起きたのでしょうか?

私も解明中ですので以下記載する点は憶測も含まれている点はご了承ください。

アメリカのファンド、アルケゴス(Archegos) キャピタル ファンド社はビル フアン(Bill Hwang)氏が設立したファミリーオフィスとされます。ファミリーオフィスとは自分の非公開会社で裕福な家族の資産管理会社と考えてよく、フアン氏の場合、資産額は50-100億ドル(5千億-1兆円)とブルームバーグには記されています。ただ、他のアメリカの投資系専門情報ではせいぜい10億㌦とかもっと少ないという見方もあります。また、ファミリーオフィスにしては彼の家族構成も不詳です。

そのフアン氏はその運用に関して複雑な取引、いわゆるデリバティブを行っており、ポジションは500億㌦(5兆円)(ブルームバーグ)とされますが、仮にブルームバーグのストーリーが正しければ最大10倍ぐらいのレバレッジをかけていることになります。

ポートフォリオのうち数銘柄の投資残は上場会社の10%を超えるほどだったとされますが、彼の名前は市場にはあまり出てきませんでした。フアン氏は父親が韓国人の牧師のアメリカ人二世です。生い立ちは投資の世界では知らぬものがないとされるタイガーマネージメント出身であります。ただ彼が花咲いたのはタイガーが閉鎖された後、伝説のヘッジファンドマネージャー、ジュリアン ロバートソンの門下生になった時のようです。そこでタイガー アジア マネージメントを運営、頭角を現したとされます。ところが2012年にインサイダー取引で有罪判決となりファンドを閉鎖します。その後、ファミリーオフィスを開設したものと思われます。

今回の引き金はフアン氏の投資先のバイアコムの株価が増資発表で急落したことが引き金です。CBSをもつメディア大手の同社株は3月22日頃までは100㌦を超えていたのですが、24日の増資発表が引き金となり、ほぼ一週間後の29日時点で半値以下の40ドル台半ばで取引されています。このため、フアン氏はいわゆる信用取引の追証を求められたものの資金調達して解消することができなかったため、手持ち株式を大量に売却します。

いわゆるブロック取引というのは大量で巨額の取引を一気に敢行することでこれを26日金曜日に行い、その強制売却額は1兆円規模ともいわれています。29日月曜日もバイアコム株には時折巨額売り玉が入り込んでいる状況で出来高は通常の11倍になっています。

ではなぜ、野村證券やクレディスイスが大損しなくてはいけなかったのか、ですが、このデリバティブに深く関与していた公算があります。フアン氏はスワップ、ないし差金決済取引によるものが主体であった可能性が高く、彼自身は主要株主名簿に上がっていなかった模様です。つまり、取引内容次第ですが、ハイレバレッジ手法による「架空マネーの空中戦」を行っていたとみてよいでしょう。

調査を待たねばなりませんが、仮にブルームバーグが報じるような個人資産額があるなら野村の損失はそんなに大きいものにならない気がします。フアン氏が500億㌦ものポジションがあり、株式市場が基本的に堅調であることを踏まえれば何らかの損金回復は可能のようにも見えます。ただ、私にはどうも嘘か話がどこかで膨らんでいるような気がしてならないのです。個人でそんな多額の資産形成はいくら何でも不自然であります。フアン氏の資産はそれよりはるかに少なく、担保割れの公算もあるかもしれません。この辺りは要注意です。

なぜか、ゴールドマンサックスはこの手の内を知っていたようでさっさとフアン氏との取引から降り、損失計上額は割と少なかったとされます。スイス当局も調査に入っていますが、現状、野村とクレディスイスの損失が一番大きく、他の欧米系銀行の損失は知れているレベルとされます。

この話を聞いて私は旧日本興業銀行が大阪の料亭の女将に2000億円を貸し付けた話を思い出しました。フアン氏も個人取引でポートフォリオが膨れ上がり、爆発して終わってしまいます。つまり、金融機関の取引には危ういものがあり、ファンドでも簡単に清算を強いられる時代にフアン氏のケースでは、たかが手持ち投資先の一社の株価が増資理由で下落しただけで信用の追証が発生し、それを埋めることすらできなかったのです。

これは氏がきわめて脆弱な財務体質にあったと言わざるを得ません。(ソフトバンクも先日似たような巨額損失を計上していますが、びくともしないのと比較されたらご理解いただけると思います。)ならば80年代のバルブ時代に偽の預金証書をつかまされていた銀行が気が付かず、信用査定とリスク管理問題が浮き彫りになった金融機関側の問題とうり二つで過去、有罪歴があるフアン氏の実資産がこれから暴き出されることになりそうです。

ちなみにゴールドマンなど主力米銀はフアン氏と長く取引禁止状態でしたがこの2-3年、それがすこし解禁されたようですが、野村やクレディスイスが営業的に攻めて引き受けをしていた可能性はあるのでしょう。

今回のこの事件そのものは個人単体の取引ですのでリーマンショックのような広がりは起きません。但し、似たような取引があって金融機関が収縮しようとする動きが出ればそれは別の意味で急速なブレーキになりかねないでしょう。それと今回の敗者は金融機関でみれば野村とクレディだったようです。なぜそうなったか、そこは別次元の検証が必要でしょう。

私の長い投資経験とマネーの戦場を見てきた中でこのような問題は時折起きたのですが、それが潮目の変化を意味してきたこともしばしばあります。その点、十分に気を付けるべきでしょう。

今日の内容は興味のない人には申し訳なかったと思います。でも私には様々な切り口があって実に興味深い事件でありました。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年3月30日の記事より転載させていただきました。