EUは22日、米英加と歩調を合わせて、新疆ウイグル自治区の幹部4人と1団体に対する制裁を発表した。対象こそ異なるが、制裁内容はどこも対象者の資産凍結および渡航や取引の禁止などで、制裁理由もほぼ同じ、EUの分は同日付けの官報にこうある。
参考:米国とEUが中国制裁、ウイグル族などへ人権侵害-中国も即報復(Bloomberg)
王明山(新疆ウイグル自治区(XUAR)党常任委員会兼政治法務委員会書記。同自治区公安局(XPSB)元局長)・・ウイグル人やイスラム教徒の少数民族を対象とした大規模な監視や拘留、教化プログラムの監督を担当、治安機関で重要な地位を占め、彼らへの深刻な人権侵害、特に大規模な恣意的拘禁と品位を傷つける扱い、および宗教や信念の自由の体系的な違反に責任がある。(拙訳を要約)
団体は「新疆生産建設兵団(XPCC)公安局」で、他の陳明国(XPSB局長兼XUAR副議長でIJOP(統合監視システム)を導入)、朱海倫(XUAR元副議長)および王君正(XPCC書記)もほぼ同内容だ。陳明国と王君正は米国による米国内の資産凍結や取引停止の制裁にも名前がある。
だが前掲のBloomberg紙は、米国はこれまでも中央政治局員2人を含む多数の共産党幹部を制裁しているが、中国経済に打撃はなく、中国の行動にも変化がなかったので、今回の制裁も象徴的なものにとどまる公算だとし、中国もEUの個人10人と4団体に制裁を科すことを明らかにしたと報じた。
おそらくその通りで、多額の資産を欧米に置いている者の外は痛痒を感じまい。米国がファーウェイに関連して実施したようなハイテク技術禁輸や、国連が北朝鮮でしているような輸出入禁止の類、EUならば中国との投資合意の破棄くらいしないと実は上がらない。
だから「制裁ごっこ」なのだ。個人を対象とするなら、頭目の習近平を制裁しなければ、下っ端役人をいくら制裁したところで意味がない。何しろ共産党が国家や憲法の上位にある国の、共産党の中央委員会総書記兼党中央軍事委員会主席は習なのだから。
習は新彊ウイグルに対して行っている行為を、14年に発生したテロに対する報復としての「下放」と考えているのでなかろうか。「下放」とは、文化大革命当時の1968年に始まった「上山下郷運動」と呼ばれる、1,500万人以上の10代の若者を地方の農村に移住させた運動で、約10年間続いた。
実施させた毛沢東は、都市の若者を僻地に追いやることで、貧困体験、身体鍛錬、都市と農村の格差是正、紅衛兵の行き過ぎた振舞いの鎮静化などの「一挙多得」を目論んだ。自身も下放された習近平にとっても好ましい体験とは思われない。が、1,500万人の若者が等しく味わった体験だった。
他方14年のテロとは、4月に新疆ウイグルのウルムチ駅で起きた、80人余りが死傷した爆発事件で、同自治区を視察する習を狙ったとされた。新華社は「刃物を振り回した集団」が30日夜、ウルムチ南駅の人たちを刺し、爆発物を爆破させたと伝えた(ロイター電)。
ロイターは、ウルムチ駅について、主に漢民族の季節労働者が綿の収穫に訪れる場所であり非常に強烈だ。多くの漢民族が仕事を求めてウルムチ市や新疆の他の都市へ流入していて、ウイグル族は自分たちが労働市場から締め出されていると不満を募らせている、と報じていた。
この事件を機に習は、新疆ウイグルに対する警戒と弾圧を強めた。つまり自身がテロに遭ったことに対する報復の含みがある。そして、その報復を「下放」と考えるとすれば、自分を含めた漢族の多くの若者が体験したことが「ジェノサイド」であるはずがない、と考えているのではなかろうか。
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そこでジェノサイドと五輪憲章のことになる。
国連が48年に採択した「集団殺害罪の防止および処罰に関する条約」の第2条ジェノサイドの定義には「この条約では、集団殺害とは、国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた次の行為のいずれをも意味する」として次の事項を挙げている。
(a) 集団構成員を殺すこと。
(b) 集団構成員に対して重大な肉体的又は精神的な危害を加えること。
(c) 全部又は一部に肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること。
(d) 集団内における出生を防止することを意図する措置を課すること。
(e) 集団の児童を他の集団に強制的に移すこと。
第3条の「処罰する行為」には、ジェノサイドそのもの他に、その共同謀議、その直接かつ公然の教唆、その未遂、そしてその共犯、が列挙されている。つまり「集団殺害」と邦訳されるジェノサイドには、ある集団の殺害に至らないかなり広範な行為までが含まれると知れる。
今回の制裁の理由には上記(b)と(c)が当てはまるようだが、20年6月30日のロイターは(d)の事象も報じている。ウイグル自治区ホータン地区(人口253万)とグマ県(人口32万)の19年版の家族計画書を引用した研究報告だ。20年7月8日のNewsweek日本版でも読める。
米シンクタンク「ジェームスタウン財団」が公表した報告書は、ドイツ人研究者のエイドリアン・ゼンツがまとめたもので、「同自治区の2地域で出産年齢の既婚女性の14-34%を対象にした、大規模な避妊器具や不妊手術の強制を指摘」している。
ポンペオ国務長官は、報告は中国共産党の数十年間にわたる政策と一致しており、「命の神聖さと人間の基本的な尊厳を完全に無視するもの」で、「非人間的な虐待行為の停止を米国とともに要求するよう全ての国に呼び掛ける」と述べた。まさにジェノサイドそのものではないか。
そこで北京五輪ボイコットの話。五輪ボイコットといえば、80年のモスクワ五輪の印象が今も鮮明だ。金メダル確実とされた柔道の山下やレスリングの高田が涙ながらに参加を訴えたものの叶わなかった。ソ連と東側はお返しに84年のロス五輪をボイコットした。
民主党カーター大統領の提唱で西側がボイコットした理由は、79年暮れに起きたソ連によるアフガン侵攻だ。が、その裏に米ソの冷戦があった。つまり、目下の米中新冷戦と同じ構造。ならば、共産中国のウイグル族に対する明確なジェノサイドは、北京五輪ボイコットに値しないのか。
では五輪憲章には何と書いてあるか。憲章の「根本原則」は適時改正されていて、目下の2020年度版は2016年の改正だ。その「人権」に関する記述は、第1条1.4項に次のように書いてある。
1.4 人権保護の国際条約がオリンピック競技大会での活動に適用される限り、 それを尊重すること。 特に以下のことを保証すること
- 人間の尊厳を尊重すること
- 人種、 肌の色、 性別、 性的指向、 言語、 宗教、 政治的またはその他の意見、 国あるいは社会のルーツ、 財産、 出自、 その他の身分などの理由による、 いかなる種類の差別も拒否すること
- あらゆる形態のハラスメントを拒否すること。 それには身体への、 職業上の、 あるいは性的なハラスメントが含まれる。 さらに肉体的、 精神的な傷害を拒否すること
この「根本原則」第1条1.4項にジェノサイドの定義が当てはまるのは明らかだ。つまり北京には五輪開催の資格がない。人権を重視するバイデン大統領の米国は北京五輪参加をまだ明言していない。国際社会は以上の事実を認識し、北京五輪への参加を再考する必要がある。