中国発の新型コロナウイルスの世界的感染の影響で、経済、政治、文化、スポーツなど全分野の動きが停滞して1年以上が経過した。昨年末から新型コロナワクチンの接種が開始され、緩やかだが集団免疫の実現を目指して動き出してきたことは幸いだ。
そのワクチンだが、多種多様のワクチンが製造され、どのワクチンの有効性がいいのか、など困惑する状況が見られる。英製薬大手アストラゼネカは副作用があるといったことで敬遠する国が増えるなど、ワクチンメーカーも様々な試練や風評にさらされている。
ワクチンでは当初から評価が高かったのは米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬品企業ビオンテック社が共同開発したワクチンだ。副作用は0.001といわれる。その副作用発生率を危険と受け取るか、問題ないと考えるかは、その人によって分かれる。
ワクチン接種では米国、イスラエル、英国などは国民の接種率は高い一方、欧州連合(EU)加盟国では接種率が低い。加盟国ではワクチン供給が不公平だといった不満がEU本部のブリュッセルに向けてぶつけられてきた。アストラゼネカ社は製造工程で問題が生じるなど、ワクチンメーカーでも予想外の障害で計画通りに製造できないといった事情が出てきた。
ところで、世界最初に完成したロシア製スプートニクⅤの話に入る。冷戦時代にソ連と対峙してきた欧州諸国では、ロシア製には依然警戒心が強い。それは風評というべきか、共産主義の残滓かで、その評価は分かれるだろう。
そのロシアで昨年、世界の大手薬品メーカーが競う中、世界で初めてコロナワクチンを製造し、プーチン大統領はそのワクチンにスプートニクⅤと名付けて世界にPRしてきた。今年3月19日時点でインドが1億回分を注文して最大の顧客だ。それに次いでベトナム5000万回分、そしてネパール、アルゼンチン、エジプト各2500万回分と続く。欧州諸国ではフランス、スペイン、そしてオーストリアなどが交渉中という。
イタリアでは国内の感染病専門病院「ラザロ・スパランツァーニ」で既にスプートニクⅤ接種が試験的に始められている。ハンガリーは欧州諸国で先駆けてスプートニクⅤの接種を始めた国だ。スロバキアではロシア製ワクチンの発注問題でマトヴィチ政権が倒れたばかりだ。これまでの商談を成功と評価すべきか、不評というかはその人の期待度によって異なるが、南米諸国やアジアの一部では好評だった。ロシア政府の発表では、世界55カ国・地域で使用が承認されているという。
ロシアのワクチン製造は長い歴史を誇る。実際、スプ―トニクⅤの有効性は91.6%だ。その数字は、ファイザーとビオンテックが共同開発したワクチンやモデルナ(共にmRNAワクチン)と同水準であり、アストラゼネカのワクチン(ウイルスベクターワクチン)より高い。
スプートニクⅤが更に飛躍するためにはプーチン大統領の後押しが必要だろう。同大統領は先月、ワクチンを接種したことを発表したが、どのワクチンを接種したかを明らかにしなかった。同大統領は「医者が知っているよ」と返答するだけで、どのワクチンかを明らかにしなかった。普通に考えれば、自国産で世界最初のワクチン、スプートニクⅤだろう。プーチン氏はカメラの前でスプートニクⅤを摂取するところを撮影させ、世界に流せば宣伝になっただろう。なぜ、賢明なプーチン氏はその絶好の機会を逃したのだろうか。ロシアでは、国産ワクチン「スプートニクⅤ」のほか、「エピワクコロナ」と「コビワク」のワクチンが国家登録されている。
メディアの一部は「プーチン氏はファイザーのワクチンを接種したが、米製ワクチンを接種し、自国製ワクチンを避けたのが分かれば、スプートニクⅤの評判はがた落ちだ。だから、プーチン氏は何も言わなかったのだろう」といった憶測記事を出しているほどだ。
バイデン米大統領も接種したが、同大統領の場合、どのワクチンを接種したかは本来、公表しにくい。なぜならば、公平な競争原理という点で米大統領は世界の薬品メーカーの広告塔となってはならないからだ。同じことが世界に13億人以上の信者を有するローマ教皇フランシスコにもいえる。実際、フランシスコ教皇はワクチンの接種を受けたが、どのワクチンかは報じられていない。しかし、プーチン氏の場合は違う。国産ワクチンだ。それなのに、どのワクチンかという質問にはっきりと答えることが出来なかったのだ。
クマなど猛獣を恐れず狩猟するプーチン氏が自国産のワクチンを恐れているのだろうか。誰でも自分の命は大切だ。信頼できない薬品の実験台になりたくない。実際、ロシア国民もスプートニクⅤの接種には余り乗り気ではないという。プーチン氏が接種を避け、国民も警戒するワクチンが世界的売上を記録できないのは当然かもしれない。
懸念が出てきた。オーストリアのクルツ首相はロシア製ワクチンに関心を示してきているのだ。スプートニクⅤをオーストリアで国内生産することでワクチンの供給問題を解決しようというわけだ。若いクルツ首相は欧州医薬品庁(EMA)がまだ認知していないワクチンを国内ワクチン委員会で審査して認知するというのだ。ロシアとの契約は締結寸前というではないか。
4月から5月にかけ当方のワクチン接種の順番が来ると予想しているが、ひょっとしたら当方はスプートニクⅤの接種を受けるかもしれなくなってきたのだ。接種を希望する側は基本的にはどのワクチンの接種を受けるかの選択権はない。ワクチン接種場で在庫にあるワクチンを順番に接種することになっているからだ。廉価で保管が容易なスプートニクⅤは他の大手メーカーのワクチンより大量に購入しやすいことは明らかだ。
当方は民族主義者ではないし、ロシア製に特別偏見があるわけではないが、EMAがまだ認知していないワクチンの接種を受けるとなれば、正直いって少なからず不安を感じる。ひょっとしたら、プーチン氏も同じように感じているのかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。