中国では、共産党中央の大号令の下、地方政府では様々なプロジェクトが企画・推進される。その数は日本の比ではなく、各地でプロジェクトが乱立して一挙にバブルの様相を呈する。
例えば、2007年、中国国務院は、それまでの工業一点張りの政策を転換して、環境保護・省エネの観点からエコシティ建設を積極的に推進することとし、まず手始めに「中国・シンガポール天津エコシティ」プロジェクトを認可した。以降、中国各地でエコシティ建設が盛んになり、2010年時点で、少なくとも全国で200以上の都市がエコシティの建設を推進していた。しかし、当時は世界的にもこうした前例がなかったことから、ほとんどの地域で社会問題解決のルール作りやコンセプトの明確化に失敗し、着工前に計画が頓挫したり、途中で中断するものが多かった。また順調なプロジェクトの中にも「エコシティに名を借りた不動産開発だ」と批判されたものがあった。
そして2010年代中頃からは、エコシティ構想に代わってスマートシティ構想が台頭してきた。エコシティからスライドしたものも含めて、ここで取り上げる「雄安新区」など約300のスマートシティ構想が公表されている。
「雄安新区」とは
2017年10月の「中国共産党第十九次全国代表大会」で、習近平総書記は、北京の非首都機能の分散を目的として「京津冀」協同発展を推進し、「雄安新区」の建設を宣言した。その宣言に基づき、2018年4月、党中央・国務院が「河北雄安新区計画綱要」(以下、「綱要」)を発表した。綱要によると、2035年に都市部の建設を完成し、2050年には人口2千万人を抱える国際先進都市になると構想されている。この綱要実現のため、河北省政府は国内外(日本など)から1,000名以上の有識者、約200チーム、2,500名以上の技術者を招聘した。計画は、「1+4+26」と表現され、一つの「雄安新区計画綱要」、4点の「地域・分野の総合計画」、さらに「洪水防止、震災対策、エネルギー、総合交通」など26の専門計画から構成された。この「雄安新区」は、「国家千年の大計」といわれるメガリージョン建設計画で、2,000億元(約3兆2,200億円)以上を投資する巨大プロジェクトだ。メガリージョンとは、大都市とその周辺都市で構成される貿易、交通、イノベーションの一大集積地のことを言う。
「雄安新区」の計画目標
「雄安新区」の計画目標は、「インテリジェントシティ」、「グリーンシティ」、「住みやすいシティ」の3つだ。
「インテリジェントシティ」とは、ITを活用した最新のインフラと伝統的な都市インフラを同時に整備し、デジタルシティとリアルシティの建設を並行して推進することだ。あらゆるモノがつながるインターネットシステム(IoT:Internet of Things)、5Gによる最新通信ネットワーク、クラウド・ビッグデータ・プラットフォーム、AIによる管理システムなどの次世代インフラが整備される。
「グリーンシティ」とは、雄安新区の設立には、生態文明発展を背景に、中国都市化の変容と発展の道筋を探るという重要な使命がある。新区建設の目標の一つは、生態環境の優先とグリーン発展を徹底し、水・都市の統合という都市空間パターンを構築することだ。
「住みやすいシティ」とは、人間中心の理念を反映し、住民に快適な文化教育・医療健康・社会保障・社会公益サービスを提供することだ。公共交通機関、雄安大学、中等教育機関、保健・衛生センター、文化センター、フィットネスセンター、高齢者ケアセンターなどの施設を備える。
こうした計画目標に基づいて、「雄安新区」は、ロボットによる荷物の自動配送と顔認証による荷物の受け取り、顔認証でチェックインや部屋の施錠ができるホテル、自動運転技術の車の開発などを推進しており、すべて自動で行われるスマートシティを目指している。特にIT企業の参加は著しく、これまでにアリババグループ、テンセント、ファーウェイ、バイドゥ、平安保険集団などがスマートシティ事業に参入している。また、2020年12月には、北京西駅から雄安新区まで約1時間で結ぶ京雄都市間鉄道が開通し、既に雄安駅も開業した。
「雄安新区」の問題点
この「雄安新区」の問題点は、第1に北京のような利便性の良い都市から、あえて「雄安新区」のような地方都市に移転するメリットはなく、大学、企業、病院などでは、移転をためらう例が多く、責任のなすり合いになっている。第2に「雄安新区」においては、ウイグル自治区並みの監視カメラによる治安システム「天網」が構築され、さらにIoTのセンシング・システムにより、市民全員の日常すべてが監視され、個人情報は露出される。第3に「雄安新区」付近の湖などの環境汚染、水質汚濁などの問題が未だ解決されていない。第4に「雄安新区」は計画的な土地開発を行い、土地価格の向上を抑えるとしているが、周辺地域は、既に不動産バブルの状態となっている。これらの問題点は、「雄安新区」だけの問題ではなく、他のスマートシティにも当て嵌まるものだ。
現在、中国政府は都市化率を上げるという既定方針の下、このスマートシティ構想を含めて全国各地で新都市や新区を建設しており、住宅群の収容可能人口の合計は既に34億人分以上に上るとされている。中国の少子高齢化が今後も深刻化する状況にあることを考えれば、これら新都市、新区を埋める人口増はまったく期待できない。この状態が続けば、これからもゴーストタウンの大量生産が行われることは必至だ。
中国メディアは、「雄安新区の土地は、表面上は大きく変わったところは見られないが、内部では変化が起こり、新たなエネルギーが絶え間なく蓄えられている」などと報道しているが、将来的には面積2,000平方キロの計画にもかかわらず、現在はまだ1キロ四方程度の狭い地域の開発しか済んでいない。中国の国家的プロジェクトは、何でも猛スピードで行われるのが常であり、この遅延は尋常ではない。「雄安新区」が豪華すぎるゴーストタウンと言われるオルドス市カンバシ新区(内モンゴル地区)の二の舞とならないよう祈るばかりだ。
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藤谷 昌敏(ふじたに まさとし)
1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA危機管理研究所代表。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年4月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。