北海「グリーン経済」の光と陰(二宮 美樹)

グローバル・インテリジェンス・ユニット シニアアナリスト 二宮 美樹

英国政府が先日(2021年)3月24日、石油・ガス産業における「北海移行取引」(North Sea Transition Deal)に国内産業界と合意したことを発表した(参考)。

AlbertPego/iStock

石油・ガス産業の「クリーンでグリーンなエネルギーへの移行」と「4万人の雇用」を支援するというものだ。英国における石油・ガス産業の排出量を2025年までに10%、2027年までに25%、2030年までには50%の削減することにコミットする。英国がG7諸国の中で「初めて」であり、画期的な取引であることが“喧伝”された(参考)。

さらに英国政府は今年(2021年)3月31日以降、海外の「化石燃料エネルギー」産業に対する財政支援を行わないことも併せて発表している(参考)。

(図表:北海油ガス田分布図、緑が油田、赤がガス田)

(出典:Wikipedia

今年(2021年)1月、G20のビジネス・サミットであるB20のオープニングにおいて、ジョン・ケリー米大統領特使(気候問題担当)は「グリーン経済」がいかに新たな雇用を創出するかを強調した(参考)。

たとえば、米国ではCOVID-19が発生するまでの5年間「クリーン・エネルギー」関連の雇用が順調に伸び、米国内で330万人以上の新規雇用者が誕生しており(参考)、またインドでも同期間で「クリーン・エネルギー」雇用が5倍に増加した(参考)。

そして、欧州(EU)においては「グリーン経済」によって200万人の雇用増加が今後予測されているのだという。

国際労働機関(ILO)は、適切な政策が実施されれば「より環境に配慮した経済」(greener economy)への移行により、2030年までに世界で2,400万人の新規雇用が創出される可能性があるとしている(参考)。

しかし、「グリーン経済への移行」が本当に経済的に雇用を創出しているのだろうか。

そもそも「グリーン・ジョブ」とは何なのか?「グリーン経済」に関する統一した定義の合意はない。つまり「グリーン・ジョブ」(環境にやさしい雇用)には曖昧さが残るのだ。

実際、米労働統計局(BLS)も2013年に「グリーン・ジョブ」の集計を中止した。また米カリフォルニア州の雇用開発局(EDD)も「グリーン企業が非グリーン企業よりも雇用を創出する可能性が高いという明確な証拠はない」と判断し、「グリーン・ジョブ」の集計を中止している。

その理由のひとつとして、この言葉が多くの既存の仕事を包含しており、各国政府が目指す「雇用創出」という目標を適切には反映していないことが挙げられている(参考)。

(図表:「グリーン・ジョブ」)

(出典:Wikipedia

ところで、英国における石油・ガス産業は主にスコットランドと北東部が中心となっている。

そしてスコットランドといえば、昨年(2020年)11月の時点で「欧州における石油の首都」と呼ばれてきたアバディーン市が既に水素社会へ向け本格稼働することを発表していた(参考)。

その取り組みの1つが水素ガスを燃料とし、水蒸気のみを排出する2階建てバスの運行だ。今年(2021年)に入り15台の水素バスの運行が開始され、来たる2022年にはさらに10台追加される予定だ(参考)。

本プロジェクトにはスコットランド政府と欧州(EU)が830万ポンドを共同出資している(参考)。

この文脈で重要なのはそもそもスコットランドが北海油田の権益を多数抱えており「分離独立」運動の隠れた焦点でもあったことだ(参考)。

そして昨年(2020年)COVID-19が英国において猛威を振るう中、スコットランドにおける独立への支持率は過去最高を更新していたほどだ(参考)。

水素エネルギーを中心に据えるという英国のエネルギー戦略はかねてより述べられていたものだ。

今回スコットランドをしっかりと取り込む形でBREXIT後の英国があらためて次の時代へのリードを始めることになるのだろうか。引き続き注視して参りたい。

二宮 美樹
米国で勤務後ロータリー財団国際親善奨学生としてフランス留学。パリ・ドーフィンヌ大学大学院で国際ビジネス修士号取得。エグゼクティブ・コーチングファームでグローバル情報調査を担当、2020 年7月より現職。