サッカー日本代表に定着しつつあるベルギーリークで活躍する鈴木武蔵選手。ジャマイカと日本にルーツのある選手です。
選手としての魅力は何と言っても、その靭やかな身のこなしと卓越した技術が目を引きます。さらに、一気にトップスピードの乗る爆発的な加速!
ただの心理学者に過ぎない私が言うのも僭越ですが、アンダー(若年)世代から注目していた選手の一人です。
その鈴木武蔵選手が子ども時代に「友だち」から受けた差別やいじめを告白しました。容姿を理由にしたものだったようですが、記事にはそれ以上の苦しさがにじみ出ていました。
ここでは、鈴木武蔵選手の告白から浮き彫りになる人類の差別脳の深層と、近年増加が指摘されている社会的マイノリティのギャング化の問題について考えてみましょう。
裏切りによる心の痛み
鈴木武蔵選手が少年時代に受けた差別の苦しさ、それは心理学的な観点では非常に重いものであったと言うことが出来ます。というのは、小学3年生くらいから、それまで無邪気に仲良くしていた「友だち」から「入ってくんなよ」「汚い」、その他褐色の肌をバカにする暴言の数々を浴びせられはじめたようです。「友だち」に裏切られたわけです。人にとって「裏切り」はとてつもない心の痛みをもたらすもの…。
私たち人類は社会的生物として進化する中で、裏切りにはとても敏感な動物になりました。映画やドラマでも、裏切りから物語が始まるというモチーフが多いですよね。私たちは裏切りを認識すると、途方も無い苦痛を経験するのです。
私には当時の鈴木武蔵少年の苦しみが心に響いてくる気がしました。
この話はTVでも取り上げられ、元日本代表屈指のDF、中澤佑二氏が「何度も対戦したけど…知らなかった」という趣旨のコメントをしていました。
ただ私は「やはり、そうだったか…」という想いを禁じえませんでした。なぜなら、人の脳は本能的に誰かを差別することを求めるからです。
ヒエラルキーを求める脳の功罪…いじめがなくならない真相
これも社会的生物として進化した結果なのですが、私たちの脳はヒエラルキーのある社会を求めます。より組織的に行動することで、他の群れよりも有利になるためです。
よく「人が社会を作っている」と言われますが、これは間違いです。私たちは社会的に進化した脳によって、社会を作らされているのです。
そしてヒエラルキーの上位にいると認識すると脳は快楽物質を出します。人はこの快楽物質を求めて、上に行こうとしたり、自分より下の存在を作ろうとしたりします。この働きは生産的になることもありますが、差別やいじめ、レイシズムへと向かうこともあります。
特に子どもは快楽を求める脳を抑制する良識が身についていないので、いじめや差別を求める脳が露骨になります。小さなことでも違いを強調して、差別やいじめの対象にしようとするのです。
これは、ギャングエイジと呼ばれる子ども文化を形成し始める年令で顕著です。私も転校やちょっとした風貌の違いにフォーカスされて、差別やいじめの対象になった経験があります。みなさんも「順番」という訳ではないでしょうか、大なり小なり似たような経験があるかもしれません。
救われるものがない人たちがギャング化する?
小さな違いでも大きく強調するギャングエイジの子どもの中においては、鈴木武蔵選手はなおさら違いを強調されて辛い思いをしたこととでしょう。本当に苦しかったと思います。
ただ、鈴木武蔵選手が若年層時代に注目された当時のインタビューではサッカーに救われた…と語っていました。救われるものがあって、さらにその経験が私たちに勇気を与えるものに昇華されて、本当に良かったですね。ますます、応援したいと思います。
しかし、同じような境遇で救われるものがなかったらどうなったのでしょうか?実は、今、このような社会不安が広がりつつあります。
差別やいじめがギャングエイジの問題にとどまらず、文字通りギャングを生み出す温床となっているのです。人種・民族的ルーツを複数持つ方がみんなギャングになるわけではないのですが、記事によるといじめや差別から「救われない」ことがこれを促しているようです。
社会心理学では社会的アイデンティティというテーマで研究されている現象ですが、これも私たちの脳がこのように促す結果だと言えるでしょう。
脳を知れば、脳に操られるだけの宿命を乗り越えられる
では、私たちは脳に操られて、いじめや差別、それに伴う敵意や憎しみの連鎖を宿命付けられた哀れな動物なのでしょうか。私は違うと思っています。私たち人類は、脳が私たちを操りすぎないように「意識」と「良識」いうセキュリティシステムを獲得しています。
脳に操られて差別やいじめに伴う快楽を求めてしまう…ということを前提に「差別やいじめは許さない」、「差別やいじめによる被害を放置しない」という意識や良識を徹底できればと思います。
実は意識や良識の徹底も「一貫性を求める脳」の働きで私たちに快楽をもたらします。これはこれで行き過ぎると暴走することがありますが、脳が私たちをどう操るかを知ることで、みんながより幸せな生き方を見つけられることを願っています。
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杉山崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
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