円安ドル高の不思議

不思議と言えば不思議です。円がドルに対してなぜ、安い基調を示していたか、であります。昨年末に103円台だった為替はじわじわと円安に転じ、一時110円台まで円安になった後、3月末に110円95銭を付け、現在、108円程度となっています。日経は「ドル、実力より14円高 揺り戻しに市場動揺の火種」と報じています。

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今日は為替や円相場の様子について見ていきましょう。

私は本稿20年7月22日付で「動かなくなった為替相場」と題し、かつてに比べ先進国の為替相場は安定化がぐっと進んでおり、一年間の変動率は概ね10%以下に収まるようになっていると書かせて頂きました。要は一国のチカラよりも国家間の垣根が下がり、国際分業や連携経済面からの為替の安定につながったと考えたわけです。

一方、各国の財政問題はそれぞれの国家が管理するところであり、これが為替に影響することも紛れもない事実であります。ただ個人的にはこの財政の為替への影響はかつてほどではないように思えます。特にコロナ禍で各国とも国家財政を経済や雇用へ超大盤振る舞いをしているわけで現時点で財政悪化を主軸に議論しにくいということもあるでしょう。

さて、日経が報じているのは理論的為替相場と実際の差異です。日経の理論相場は同新聞社と日本経済研究センターが独自に計算したものです。どう計算しているのでしょうか?

「均衡為替レート(=理論的為替相場)は Clark and MacDonald(1998)の BEER(Behavioral Equilibrium Exchange Rate)の手法を参考に、為替レートがマクロ経済のファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を示す指標に左右されるとの考え方に基づいている。ある通貨の実勢の為替レートが均衡レートからどれくらい乖離しているかを見ることによって、その通貨が割高・割安かを評価することができる」(日本経済研究センター)とあります。

何を言っているか解読するのがとても難しいのですが複数の為替(11種類?)について交易条件、金利差、海外純資産、政務債務残高などのファクターについて為替の数(11種)の連立方程式を解くことで計算しており、一定のところに収れんするという前提になっているようです。

あくまでも「計算上」というやつです。しかし、実態と理論値が乖離するのは世の中の変数ファクターがニュースや統計報道、更に政治や経済のトレンドの読み込みから感情的なリアクションを含め、かつて以上に複雑になったからです。更に各々のファクターにどれだけの掛け率(ウェイト)を乗せる点でも時代と共に可変すると考えています。ただ、私はこの「計算上」の数字を必ずしもあてにしていないわけではなく、その理論的数値にいずれ収れんしやすい傾向があるのは確かであると考えています。

ではドル円でありますが、「計算上」の14円差がどうなるか、であります。この差が将来収れんするには実勢の為替相場が円高に振れる場合と理論的ドル円相場が円安に振れる場合があるはずです。日経はドル安の趨勢は変わらないから実勢値が円高に振れるのではないか、とみています。私はむしろ、ドル円では円の「計算上」の実力が過大評価されているように見えるのです。

なぜか?それは私から見ると日本の地政学的リスクが大きくなったことが円安の一つの要因かとみています。日米で中国への懸念を表明したことで日本への中国からの圧力が強まるかもしれません。では日本が防衛費を急増させるだけの余力があるかと言えば否でしょう。

また政治を見るとそもそも世界で最も進んだ社会主義的国家と称された日本においてより民意が政治に反映されやすくなり、物事を決めにくくなりました。中国の一党独裁と対照的であり、政治的決断の速度は新幹線と鈍行列車ぐらいの差になりつつあります。もちろん、早く決めればよいということではないのですが、日本が地理的に米中の間で埋もれる中、利用されやすい国家となりかねない点はマイナスファクターであります。

ちなみにドル円だけをみるとわかりにくいのですが、ユーロ円をみてもほぼ時を同じく、今年1月中旬を底にユーロ高円安に振れています。対カナダドルもそうです。とすれば円の実力がやはり「計算値」より劣ってきているとみた方が正解のような気がします。

冒頭、私は先進国の為替変動幅はかつてに比べ変動幅が小さくなっていると述べました。しかし、これには条件が付きます。日本が世界のリーディングカントリーとして「実態が伴う影響力」がどれだけあるか、であります。物語的(narrative)な日本の存在感ではなく真の経済、政治的影響力が伴わなければ計算上のこの為替変動バンドから外れることは当然あります。

私は折に触れて日本は大丈夫か、と申し上げていますがそのわかりやすい通信簿の一つが為替相場であります。昨今の円の為替水準の意味するところは思った以上に奥が深そうです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年4月20日の記事より転載させていただきました。