『グローバル・トレンド2040』を読み解く(二宮 美樹)

グローバル・トレンド2040』が発表された。

米国の情報コミュニティをつなぐ存在である米国家情報会議(NIC、National Intelligence Council)が4年毎に米国家情報長官室(ODNI、Office of the Director of National Intelligence)に報告するものだ。

今回、「2040年の世界」のあり得べき姿については次の5つのシナリオが描かれている。

アブリル・ヘインズ(Avril Haines)米国家情報長官 出典:Wikipedia

未来シナリオ① 「民主主義の復活」(Renaissance of Democracies)

米国と同盟国が主導する「開かれた民主主義」が復活した世界である。他方で中国やロシアでは、社会統制や監視が長年にわたって強化されたためにイノベーションが阻害され、主要な科学者や起業家は欧米諸国に亡命し、衰退する。

未来シナリオ② 「漂流する世界」 (A World Adrift)

リーダーがおらず、国際システムは方向性を失い、混沌とした不安定な世界だ。OECD諸国は経済成長が鈍化し、社会的分裂は拡大し、政治的麻痺に悩まされる。その隙に中国が影響力を高めるのだが世界的なリーダーシップは発揮できず、気候変動といった主要な問題が解決されないままになる。

未来シナリオ③ 「競争的共存」 (Competitive Coexistence)

米国と中国が二分された世界で競い合いながらも共存している。中国が引き続き閉鎖的な国家指導体制を堅持し、2030年代に米中は自国の経済的繁栄のためにお互いが必要であるとの結論に達し、相反する国家システムで共存しながら市場と資源を巡り競争し合う。

未来シナリオ④ 「分断されたブロック」 (Separate Silos)

「グローバリゼーションが崩壊した世界」だ。複数の経済ブロック、安全保障ブロックに分断され、情報もそれぞれ独立した「サイバー主権」(separate cyber-sovereign)の中を流れる。

未来シナリオ⑤ 「悲劇と動員」 (Tragedy and Mobilization)

壊滅的な地球環境の危機を背景とした、ボトムアップによる革命的な変化が起こった世界である。気候変動によって引き起こされた世界的な食糧危機が、国際機関を活性化し、世界的協調を促す。

以上の5つの展開のいずれかを世界は歩む可能性が高いと米国が見ていることになる。

今回の米国家情報会議(NIC)による「未来シナリオ」はいかなる視座(前提)に基づいているのか。

図表:世界 出典:Wikipedia

今後20年間、私たちが生きる世界の輪郭を形づくる「構造的要因」(structural forces)として「人口動態」「環境」「経済」「テクノロジー」という4つの視座を設けている。

「人口動態」

人口増加のペースが鈍化し、高齢化が急速に進む中において、各国は近年の発展を維持することが難しくなる。

ラテンアメリカ、南アジア、中東・北アフリカといった一部の国では人口ボーナスを享受する一方で、紛争や気候変動の影響によって高齢化した先進国への移住がさらに加速する。そして、これは国家(政府)にとって「公共投資」と「移民管理」という圧力となり、さらなる緊張を世界に生み出す。

「環境」

2つ目は「環境」である。異常気象などが増え、その影響は特に開発途上国に偏って降りかかり、食料、水、健康、エネルギー安全保障へのリスクを強めることになる。

「経済」

今次パンデミックによって国内総生産(GDP)に対する国家債務比率は、米国や日本を含む先進国のほぼ90%において、2019年には世界金融危機よりも飛躍的に上昇した。

「テクノロジー」

今後20年間、「テクノロジー」の発展が「高齢化」「気候変動」「生産性の低迷」などといった問題を緩和し得る一方で、社会、産業、国家の安全保障などに新たな緊張と分断を生じさせることになる。

これらが「社会」「国家」「国際間」の3つのレベルで相互作用を起こす。

さらに今回は「コロナ・ファクター(COVID-19 FACTOR)」がこれからの世界トレンドを加速させ、形作っている。

たとえば、「ナショナリズム」と「分極化」はコロナ以前から存在していたものの、パンデミックによってその傾向はさらに強まった。その他にも「不平等の拡大」、世界保健機関(WHO)や国連(UN)といった国際機関の脆弱性が浮き彫りとなったことによる国際協力の失敗、ゲイツ財団から民間企業に至るまでワクチン開発などを通じた「非国家主体(nonstate actors)」の台頭といった要素が加わった。

国際連合ジュネーヴ事務局 出典:Wikipedia

しかし今後生じることはむしろこれらを遥かに超える展開なのではないかと弊研究所では分析している。

本件シナリオの問題点の1つは、そもそも中国の現体制が20年後も残るということが前提になっていることだ。

また、地球環境の「条件設定」がなされないまま、欧米諸国の環境基準ビジネスの“喧伝”になっていることにも注意が必要なのではないか。

今とは全く違う形の中国が生まれるとしたらどうだろうか。しかもそれは米中間で既に合意しているものだとしたら。

たとえば、先日(4月14日)にケリー米大統領特別特使(気候変動担当)が中国へ、アーミテージ及びスタインバーグ両元米国務副長官が台湾を訪問した(参考)。この動き1つからも単純な米中対立という構図は“表向き”のものであり、それ以外のアジェンダが水面下で進んでいることも窺える。

そして、米国そのものの在り方も今後変わることになるとしたらどうだろうか。

今回米国が提示しているパラダイムに対して、「他のパラダイムの可能性を考え抜き、さらに私たち自ら描き切ることの出来る能力」としての“情報リテラシー”が今一層求められているのかもしれない(参考)。

二宮 美樹
米国で勤務後ロータリー財団国際親善奨学生としてフランス留学。パリ・ドーフィンヌ大学大学院で国際ビジネス修士号取得。エグゼクティブ・コーチングファームでグローバル情報調査を担当、2020 年7月より現職。