日銀の定例の政策決定会合(4/26-4/27)で黒田総裁は2%の物価上昇(コアCPI)について固持したもののその達成時期については明言せず、自分の任期である23年を越えて24年以降になっても仕方がない、としています。黒田総裁の2%物価上昇説は就任した13年3月以降ずっと言い続けていることですが、8年経っても達成できていません。本件については過去何度となく難しいのではないか、と本稿で指摘してきたのですが、多分、総裁は任期満了までこのスタンスを変えることはなさそうです。
特に今回は欧米で物価が急上昇し、アメリカ、カナダが目先2%越えとなり、ドイツや英国でも上昇トレンドが鮮明なのですが、日本は3月のCPI(消費者物価指数)がマイナス0.2%で物価のマイナスが6カ月連続となっています。トレンドは12月のマイナス1.2%からの戻り基調ですが、今回緊急事態宣言が出たので4-5月はプラスマイナスゼロ付近に留まるように見えます。
中央銀行は日銀を含め、歴史的に金利の調整による物価のコントロールを続けてきたのですが、近年、いくつかの問題に直面したと考えています。一つはあるべき金利水準を突破し、金利調整手法による物価変動を引き起こしにくくなったこと、二つ目に低金利が当たり前の社会となり、ビジネスや個人の家計部門において低額の利払い負担が当たり前になったことがあると思います。三つ目に消費を主導すべき世代交代が起きないこと、四つ目に政府が物価引き下げを促したことがあります。
一つ目の金利水準の下限突破なのですが、分かりやすい例を出しましょう。株式の売買手数料はかつて100万円の売買で片道1万円以上していました。それが証券のビックバンでネット証券が破壊的手数料を提示します。近年では高くても1000円ですが取引内容により無料化するところも続出してきています。手数料が安いから株の売買をしてほしいという証券会社のたくらみですが、タダになったから売買するというものではないのです。つまり、1万円が1000円に下がった時は非常に心理的効果があったのですが、それがゼロになってもそもそも株式に興味ある人にとってある程度の低額の手数料になるとその売買利益と比べほとんど影響力がなくなり効果は大幅に低減するのです。
これと同様、例えば住宅ローンの金利が6%だったのが3%になれば安くなったと思いますが、それが1.5%になっても住宅を買える層そのものが枯渇してしまうのです。ビジネスローンも同様です。
二つ目の低金利が当たり前という話は私はもう20年も前から日銀は大変な失敗をしたと気が付いていました。それはバブルの余波で大手企業が次々と倒産し、世の中に恐ろしいほどのネガティブな空気が蔓延していた頃、仮に景気が上向き、金利が上がれば住宅ローンもビジネスローンも払えなくなるという危機感との背中合わせでした。極端な話「上げれるものなら上げてみろ」ぐらいの感覚でした。世論の圧力にあの時、日銀は負けたのです。それ以降、日本の金利はただのような水準というイメージが強くしみ込むのです。
三つ目の消費を主導する世代交代が起きない点ですが、これは言うまでもないと思います。消費が好きなのは今の50代後半から上の人です。そこから下はバブル崩壊で消費を抑制しようとする動きが顕著になり、給与や賞与も下がり、非正規雇用全盛になります。北米では若い移民層が消費の担い手になりますが、日本はアジアからの労働者を招き入れたものの彼らはひたすら貯金し、本国に送金し、国内での経済還流が起きなかったのです。
四つ目の政府主導の物価引下げです。異論が多いのは百も承知ですが、政府主導の携帯電話料金引き下げがもたらした物価のマイナス要因は今回発表された日銀のレポートから0.5-1.0%ポイントとされます。物価という断面だけを見れば日銀としてみれば頑張ってあげようとしているのに政府が足を引っ張ったということになります。
物価が上がらないことに対して高齢者、特に年金暮しの方には仮に年金受給額が減っても心理的に朗報になります。シニア世代の声が大きい日本の社会において物価の正常化は喜ばないでしょう。また20-60代の2人以上の世帯で貯金ゼロが各年層で概ね2割、単身者の場合はもっとひどく35%程度もいます。単身者の1/3が貯金ゼロなのです。この状況で物価を上げようというのは「鬼!人殺し!」と言われてもおかしくないですよね。
つまり、日本の家計部門だけをみた健全性はほとんど無茶苦茶で物価を上げるのはタブーにすら見えるのです。日本はフローとストックという発想からするとストックに強みのある国で高齢者が資産を持っていて数字上、まだ裕福に見えるけれどフローで見ると新興国並みのパフォーマンスに下がりつつあるように感じます。
正直、厳しいと思います。日本経済を俯瞰すると本当に退院して健全な状態に戻れるのか、一抹の不安を感じないわけにはいかないのです。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年4月28日の記事より転載させていただきました。