ドイツで「緑の党」が政権を担う時

ドイツで今年9月26日、連邦議会選挙(下院)が行われるが、投票日を5カ月後に控えた時点でメルケル首相の与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が野党「緑の党」に抜かれて第2党に後退するという世論調査結果がこのほど明らかになった。ドイツのビルド日曜版が世論調査機関カンターに依頼した調査結果によると、「緑の党」は28ポイントでCDU/CSUの27ポイントを抜いて第一党に躍進しているのだ。

次期連邦議会選の台風の目、「緑の党」次期首相候補者、ベアボック党首 Wikipediaより

CDU/CSUの後退と「緑の党」の躍進は予想されてきたが、世論調査の結果はそれを裏付けているわけだ。CDU/CSUの後退は今始まったわけではないが、連邦議員のスキャンダル、マスク購入での腐敗問題などが浮上し、国民の印象を悪くしたこと、首相候補者選出のゴタゴタ劇などがマイナスとなって反映したのだろう。CDU/CSUは前回の議会選(2017年)では32・9%を獲得して第一党を獲得したが、その4年後の次期選挙では30%割れはもはや防ぎようがないとみられている。

与党CDUとCSUの同盟の間で一週間余り、誰を連邦議会選の首相候補者にするかで戦いがあったが、結果は多数党のCDUのアルミン・ラシェット党首(ドイツの最大州ノルトライン・ウエストファーレン州首相)がバイエルン州地域政党のCSUが推すマルクス・ゼーダー党首を押さえてCDU/CSUが擁立する統一首相候補者に選出されたばかりだ。通常はCDU党首がCDU/CSU会派の統一首相候補者となり、選挙で第1党を確保すれば自動的に次期首相に就任するというのがこれまでのプロセスだったが、この公式はもはや現実的でなくなってきたのだ。ラシュット党首も次期首相ポストが保証されたとは考えていないだろう。ビルド日曜版はその懸念を裏付けたわけだ。実際、次期首相候補者選出前の世論調査結果よりCDU/CSUの支持率は2ポイント失っているのだ。

CDU/CSUの後退の最大の理由は、簡単に言えば、メルケル政権が長すぎたことだ。15年間の長期政権に有権者は飽きたのだ。それを加速したのは新型コロナウイルスの感染とその予防対策、コロナ規制の強化だ。もちろん、誰が政権を握っていても難しいが、多くの国民は新鮮味のかけらもないメルケル政権にコロナ規制による不満や反発をぶっつけている。

2015年の100万人を超える中東・北アフリカからの難民の殺到時は難民反対、外国人排斥運動の新党極右「ドイツのための選択肢」(AfD)がその国民の不満を吸収して2017年の総選挙では一躍第3党に大躍進した。その6年後の今日、AfDはコロナ問題では単なる批判政党に陥り、建設的なコロナ対策を提示できない政党であることが露呈し、有権者の支持を失っている。ドイツの世論調査によると、2大政党のCDU/CSUと社会民主党(SPD)の後退は織り込み済みだが、AfDの低迷も予想されてきた(「ドイツ極右党に陰りが見え出した」2021年3月26日参考)。

それに対し、環境政党「緑の党」が躍進してきた。バイデン米政権のパリ協定(地球温暖化対策の国際的枠組み)復帰も追い風となっているだろう。「緑の党」は今月19日、40歳のアンナレーナ・ベアボック共同党首を次期総選挙の首相候補者に選出し、CDU/CSUに挑戦状を突きつけている。その効果は明らかだ。先の世論調査では6ポイント増で28ポイントでトップに躍進した。

ドイツ政界は久しくCDU/CSUとSPD(ドイツ社会民主党)の2大政党が交代に政権を担当する時代が続いてきたが、2大連立政権時代は既に過去のものとなった。社民党は選挙の度に得票率を落とし、党首交代を繰り返し、現在は2人党首制を敷いている。社民党は先の世論調査では2ポイント減で13ポイントだ。落ちるところまで落ちた、といった印象が強い。

今年1月16日に開催された第33回CDU党大会で党首に選出されたラシェット新党首はデビュー戦ともいうべき3月14日に実施されたラインラント=プファルツ州とバーデン=ヴュルテンベルク州の両州議会選で敗北した。それだけに党の立て直しが急務となってきている。

同党首は、「官僚主義の克服、国民へのサービス志向の向上、デジタル化の促進」を訴え、15年間のメルケル政権との違いを強調する一方、ライバル政党「緑の党」の移民政策に対しては、「経済移民が増えるだけだ。ドイツ経済に必要なのは専門教育や高等教育を受けた移民だ」と指摘している。CDU/CSUは選挙戦では「緑の党」の政権能力を国民に問いかける一方、メルケル色を脱皮し、迅速で効果的な政策を打ち出せる政党に刷新していく方針だ。

一方、「緑の党」は党初の女性首相候補者を担ぎ出し、メルケル首相とは違い、若く、ダイナミックな首相候補として有権者にアピールしていくだろう。独週刊誌シュピーゲル最新号(4月24日号)は表紙にベアボック党首を大きく載せている。ベアボック党首の懸念材料は首相や閣僚経験のないことだ。

シュピーゲル誌は、「べアボック党首は今後、政策の具体化が必要となる。例えば、2030年までに温室効果ガスを70%減少すると宣言しているが、どのように実行するのか、(ドイツ経済を支えてきた)自動車メーカーは今後どうなるのか、財産税を導入するのか、など具体的な政策にまだ何も言及していない」と指摘、「同党首への期待は直ぐに吹っ飛んでしまう可能性もある」と予想している。

なお、次期首相支持率では「緑の党」のベアボック党首がトップで30ポイント、社民党のショルツ財務相が20ポイント、そしてCDU/CSUのラシェット党首は18ポイントと第3位に甘んじている。

「緑の党」が第一党に躍り出た場合、次期政権としては、「緑の党」とCDU/CSUの2政党連立が最も現実的だが、「緑の党」、SPD、自由民主党(FDP)の3連立政権の発足も十分考えられる。

5カ月間の選挙戦で何が起きるか予想できない時代だ。特に、新型コロナウイルスの予防策であるワクチン接種が加速化し、ドイツ社会が集団免疫状況を実現できるならば、国民も余裕が出てきて、選挙の争点も現政権批判のオンパレート合戦ではなく、政策論争が展開するかもしれない。いずれにしても、15年間のメルケル政権は終わる。安定と経済的繁栄の時代は過ぎ、コロナ禍で未来への見通しが確かではない時代圏に突入している。それだけにドイツ政界で想定外のサプライズが起きる可能性はまだ排除できない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。