日米首脳会談共同声明はこれからの有言実行が重要だ(尾上 定正)

政策提言委員・元空自補給本部長(元空将) 尾上 定正

日米首脳会談共同声明に、「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸関係の平和的解決を促す」ことが明記された。同時に、「日本は同盟及び地域の安全保障を一層強化するために自らの防衛力を強化することを決意した」。台湾海峡の平和と安定を守るため日本が自らの防衛力をどのように強化するのか、日米首脳会談に先立って実施された日米安全保障協議委員会(2+2)の共同発表で示された、日米同盟の役割・任務・能力(RMC)の協議を通じて具体化する必要がある。日本は、深刻な内政問題を抱える米国をこの地域に関与し続けさせるため、共同声明を有言実行しなければならない。

菅首相 バイデン大統領 首相官邸HPより

共同声明での「台湾」への言及に対し、「日本が米国の台湾防衛に巻込まれる」、「中国から報復される」等の批判があるが、日本は決して中立的な第三者ではない。共同声明の通り、日米は、「自由、民主主義、人権、法の支配、国際法、多国間主義、自由で公正な経済秩序を含む普遍的価値及び共通の原則に対するコミットメント」を共有する同盟国である。この価値と原則に合致しない中国の行動には連携して対処するのが当然だ。中国は、領有を争う南シナ海の岩礁を埋め立て、滑走路や軍事施設を建設し、力による現状変更と実効支配に成功しつつある。尖閣諸島に対する執拗な挑発と侵害、また台湾周辺での活発な軍事的示威行動は、第一列島線の北半分をも現状変更しようとする中国の強い意志の表れである。

4月22日の自民党会合で、「台湾が赤くなったら大変な状況の変化が起こる」と述べた岸防衛大臣の危機感を、私たち国民も共有しなければならない。なぜならば、中国は硬軟織り交ぜた様々な方法で、日米の離反と日本国内の分断を図ろうとするからだ。中国は、2010年の中国漁船衝突事件の時のように、中国市場に深く入り込んだ日本企業や従業員、レアアース等中国依存が強い資源、医療器具・医薬品等のサプライチェーンなどを人質として国民や経済界に圧力をかけ、政府への抵抗を促すかもしれない。

既に、農業協同組合新聞には、「この声明は中国の虎の尾を踏んだとみるべきであろう。これから何か恐ろしいことが起こる恐れ大である」、「平和共存・内政不干渉こそ最高の価値」であり、「いま、求められているのは、平和のための敏速な行動である」との記事が載った(「日中平和友好関係維持のため具体的措置を急げ」【森田実の政治評論】、2021年4月23日)。

国民を標的とする心理戦・世論戦及び経済的手段等のシャープパワーによる恫喝と懐柔は、中国の得意とする常套手段である。今後、日米のRMC協議とそれに連動する国家安全保障戦略や日米防衛協力の指針(ガイドライン)の見直し作業が進むにつれ、中国からの攻勢は強まる。政府と国民は覚悟を決めて対抗する必要がある。

バイデン政権は良い意味で予想を裏切り、中国を最優先の外交安保の対象とする明確な戦略を打ち出した。経験豊富な外交安保チームを使って、日米同盟を筆頭に、同盟国との関係再構築の措置を矢継ぎ早に繰り出している。

裏返すと、「米国は中国の安全と発展に最大の脅威」(2月25日、中国メディア報道)と公言する習近平国家主席への深刻な懸念であり、焦燥感の表れともいえる。実際、20年以上にわたって軍拡を続けてきた中国と、対テロ戦争に嵌っていた米国の軍事バランスは、急速に中国優位に傾斜している。

相次いで議会証言した新旧の米インド太平洋軍司令官は、台湾侵攻が切迫(6年以内)していると警告した。中国の経済成長がピークアウトするまでの機会の窓、共産党軍の建軍100周年(2027年)、3期目の習近平指導体制(2022~27年)の成果の必要性や2024年の米国大統領選・台湾総統選によって生じる政治の間隙など、習近平主席を軍事侵攻に踏み切らせる誘因は多い。

さらに、中国軍初の強襲揚陸艦「海南」が4月23日に就役、式典には中央軍事委員会主席を兼ねる習氏のほか、張又俠、許其亮両副主席ら軍幹部が顔をそろえた。この日は、アジア最大級の大型ミサイル駆逐艦「大連」やSLBM搭載原子力潜水艦「長征18号」もあわせて就役した(各紙報道)。中国初の国産空母「山東」も本格配備に向けた整備が進んでいるとみられ、本格的な台湾侵攻用の着上陸・海上戦力の増強が急ピッチで進んでいる。そして、この膨れ上がった軍事力を使わずにおくことは、世論を煽り軍に臨戦態勢を鼓舞している習主席にとって容易なことではないだろう。

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昨年8月、National Interest誌に“Can America Successfully Repel a Chinese Invasion of Taiwan?”(アメリカは中国の台湾侵攻を成功裏に撃退できるか?)という論考が発表された。著者の退役陸軍中佐は、米国防総省とRAND研究所が実施した机上演習(War Game)に基づき、中国は数日から数週間で台湾を占領できる、仮に中国を撃退できたとしても米国は巨額の代償を支払うことになり、中国の報復戦に備えて台湾防衛態勢を維持し続けなければならない、と分析している。

著者の結論は、「米国の利益が直接脅かされていないのに、軍事的敗北や経済的破滅というリスクを冒すのは、米国の政策として理に適わない」、「アメリカが台湾を支援し中国の武力行使を思い止まらせる最善の方法は、台湾だけでなくアジア太平洋地域のすべての友好国が自身の防衛能力を強化することだ」、である。

このような考えは米国の主流ではないが、過度の軍事的なコミットメントを見直すべきとの主張は強まっている。バイデン政権はこの国内の孤立主義とも戦いながら、多国間協調と同盟協力を進めなければならない状況にある。

この論文やウォーゲームで米国が連敗等の報道は、中国指導部の誤算や中国国民の過信を生む恐れがある。現実には中共軍が台湾海峡を越えて台湾本島を占領することは非常に難しい。また、台湾海峡の武力衝突は日米を巻き込み、どこまで拡大するか、誰も予想はできない。その惨禍は、経済・金融・交通等の世界システムを混乱させるだろう。

だが仮に、日米が台湾を支援せず中国が台湾を占領したならば、第一列島線に穴が開き、中国の覇権は西太平洋へと広がる。それは米国が民主主義のリーダーとしての地位を失い、自由で開かれたインド太平洋という秩序が終わることを意味する。

従って、前出論文の結論の後半は正しいが前半は誤りだ。米国の死活的に重要な国益が脅かされるのであり、米国としては中国の誤算や過信を防ぐため抑止力を強化することが正しい選択だ。共同声明はこの正しい選択をするという日米首脳の決意表明である。

共同声明には、「米国はまた、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを再確認した」と明記された。日本にとって尖閣諸島は領土の一部だが、米国から見ると無人の岩礁に過ぎない。人口2,300万の成熟した民主主義体制の台湾防衛においてすら前述のような主張が米国にあることを、私たち日本人は忘れてはならない。

2007年に中国を訪問した米太平洋軍司令官(当時)のキーティング大将は、中国海軍の呉勝利司令員から、ハワイを起点に太平洋を東西に分割して米中が管理することを提案された。キーティング大将は「冗談とは言え、中国軍の戦略的考え方を示唆している」と述べたが、今となっては、まさに冗談では済まされない。孫子の兵法を引くまでもなく、戦わずして勝つこと(武力による決定の担保)を中国は狙っているのであり、この一貫した戦略は今後も変わらないと認識すべきだ。

これらを踏まえると、日本にとっては、自国(尖閣)と地域(台湾海峡)の平和と安定及び自由で開かれたインド太平洋の秩序(第一列島線)を守るため、そして、米国のこの地域へのコミットメントを今後も確実にするため、「自らの防衛力を強化する」ことが唯一の選択肢なのである。

問題はこれからだ。尖閣や台湾有事に備える日米共同作戦計画において自衛隊の役割と任務をどう規定するのか、地域の軍事バランスをこれ以上悪化させないためどのような能力を強化するのか、そのためGDP比1%に満たない防衛費をどこまで増やせるのか、また、台湾と日米の意思疎通をどのように進めていくのか、などの具体的な課題について日米で合意する必要がある。

バイデン政権の期待を失望に変えないために、そして何より日本の平和と安定のために、日本は政府と国民が一丸となって共同声明を有言実行しなければならない。

尾上 定正

1959(昭和34)年、奈良県生まれ。1982年防衛大学校卒業(管理学専攻)。1997年米国ハーバード大学ケネディ大学院修士課程修了、2002年米国防総合大学戦略修士課程修了。統合幕僚監部報道官、第2航空団司令兼千歳基地司令、統合幕僚監部防衛計画部長(2013年空将昇任)、航空自衛隊幹部学校長、北部航空方面隊司令官を経て、2017年、第24代航空自衛隊補給本部長を最後に退官。現在、JFSS政策提言委員、企業アドバイザー、2019年7月からハーバード大学アジアセンター研究フェローを兼任。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年5月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。