欧州各地で新型コロナワクチン接種者に対してデジタル証明書を発行し、域内外の旅行やレストランでの飲食など、これまでコロナ規制で制限されてきた自由を享受できるようにする動きが見られる。同時に、ワクチン接種証明書は欧州国民を接種者とそうではない国民とに分ける結果となり、前者だけにより大きな自由を与えることは人権の蹂躙であり、平等の原則に反するという批判の声が既に聞かれる。
▲オーストリアのヴォルフガング・ミュックシュタイン新保健相(オーストリア保健省公式サイトから)
欧州連合(EU)の中でもオーストリアのクルツ首相は、ワクチン接種者、コロナ回復者、コロナ検査陰性者に対し、グリーンパス(グリーンパスポート)の発行を積極的に主張している政治家だ。それに対し、ブリュッセル(EU本部)はグリーンパス発行には依然慎重だ。クルツ首相は、「時間がかかるならば、オーストリアだけ有効な独自のグリーンパスを発行する」と強調。隣国スロバキア政府もオーストリア側と歩調を合わせ、「オーストリアとスロバキア両国間で有効なグリーンパスの発行も考えられる」と前向きな反応を示してきている。
クルツ首相がグリーンパス導入に積極的な理由は明らかだ。オーストリアは観光国であり、国民が自由に旅行できる体制を早急に確立したいという願いが強いことだ。夏季休暇シーズン前にもワクチン接種証明書を発行し、その所持者は一種の査証(ビザ)のように利用でき、国境での管理もなく、自由に出入国できるようにするというわけだ。国内のレストランで食事をする時もワクチン接種証明書のQRコードをスマートフォンで提示するか、ペーパーの証明書を見せればOKというのだ。
そこでクルツ政権が考えるグリーンパスの概要を簡単に説明する(オーストリアの場合、10歳以下の子供は証明書は要らない)。
ミュックシュタイン新保健相が4日、明らかにしたグリーンパスは3段階のプロセスを経て導入される。5月19日から第1段階目に入る。6月4日、そして7月初めには完全なグリーンパスが導入されるという計画だ。証明書はデジタル表示か書面表示の2通り。グリーンパスを受ける資格者は、①ワクチン接種の証明書、②コロナ感染からの回復証明書、③コロナ検査で陰性証明書、いずれかの証明書を提示する人となっている。
①ワクチン接種証明書(Impfzertifikat)の場合、1回目の接種から免疫が形成される3週間後(22日間)にグリーンパスを受ける資格を得る。ワクチンがいつまで有効かはEUレベルで決定されるべきテーマだが、通常8、9カ月間は有効と受け取られている。理想は、1回目のワクチン有効期間に2回目のワクチン接種を受けることだ。
②回復者の場合、過去6カ月以内にコロナウイルスに感染し、回復したことを証明する医者からの診断書(Genesenenzertifikat)を提示する。
③コロナ検査での陰性証明書(Testzertifikat)を見せる。自己検査の場合は24時間、抗原検査の場合48時間、PCR検査の場合は72時間有効とする。
問題は①だ。ワクチン接種を拒否する国民はレストランでの飲食ではコロナ検査の陰性証明書を示せばいいが、旅行の場合、問題が出てくる。国によって規制は異なるが、10日間以上隔離を余儀なくされるケースがある。ワクチン接種証明書所持者とそうではない人では明らかに差別が出てくる。だから、グリーンパス発行は国民を例えて言えば1等国民と2等国民とに分けることになり、全ての国民は公平で平等な扱いを受ける権利があると明記する憲法の精神に反しているという声が出てくる所以だ。
グリーンパス支持派は、「ワクチンの接種を拒否してきた国民も家族一緒に旅行できるためにワクチンを接種するようになる。ワクチン接種の拡大につながる」と説明するが、反対派は、「グリーンパスは結局、ワクチン接種を国民に強制することになり、国民の自由を制限する」と反論する。
グリーンパス支持派にも問題がある。政治的、経済的ではなく、医学的観点からだ。ワクチン接種イコール感染の危険がないことを完全に証明するものではないからだ。ワクチン接種でも1回目の接種では有効性は65%前後であり、2回接種でようやく90%を超える。だから、グリーンパスは2回目のワクチンを接種した国民に限定すべきだという意見もある。いずれにしても、ワクチンの有効性や危険性について医学的な研究がまだ終わっていない段階で、観光業の回復のためにグリーンパスを発行することは危険が伴う、という意見はかなり説得力がある。
欧州で認可されたコロナワクチンは、米ファイザー・独ビオンテック製、米モデルナ製、英製薬会社アストラゼネカ製、そして米ジョンソン&ジョンソンの4ワクチンだ。ロシア製スプートニクⅤと中国国家医薬集団「シノファーム」(Sinopharm)は欧州医薬品庁(EMA)の認可を受けていない。オーストリアでは4月末現在、1回目の接種を受けた国民は313万2230人、そのうち216万8070回分はファイザー製、28万7555回分はモデルナ製、67万6580回分はアストラゼネカ製だ。
オーストリアの連邦保健安全局(BASG)によると、4月末現在、コロナワクチン2回接種した国民のうち、20人がその後コロナに感染したことが判明、そのうち6人が死去、2人は入院を余儀なくされたという。20人とも米ファイザー製ワクチンを接種している。統計的にいえば、216万8070回のワクチン接種で20人のケースだ。危険率は非常に小さいが、ワクチン接種は感染の危険が完全に無くなったことを証明してはいない。
欧州はいよいよ夏季バケーションシーズンに突入する。コロナ禍で疲れた欧州の国民は今年の夏こそ家族で旅行したいと願っている人が多いだろう。国民のその願いを受け、ブリュッセルも域内外への旅行規制の緩和に動き出してきたが、感染病対策は基本的に加盟国の責任問題だ。一律に同じ規制を同じ時期に実施することは難しい。そのような中で、クルツ首相は、「わが国はグリーンパスを発行して、国民の移動を可能な限り効率的にサポートしたい」と考えている。ワクチンの医学的検証が全て終わるまで待つことはできないから、どうしても見切り発車を強いられるわけだ。。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。