“対中債務漬け”に陥るモンテネグロ

欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会のドムブロフスキ委員(通商担当)は4日、中国との間で昨年末合意した包括的投資協定(CAI)について、欧州議会での承認手続きを停止したと表明した。その結果、CAIの早期批准が大幅に遅れることは必至だ。

モンテネグロの海岸風景 モンテネグロ政府観光局公式サイトから

EUは3月22日の外相理事会で中国の新疆ウイグル自治区での人権弾圧に抗議し、対中制裁を実施し、中国の4個人と1団体に対し、EUへの渡航禁止や資産凍結といった制裁を科したばかりだ。EUの対中制裁は1989年の天安門事件以来のもの。それに対し、中国側は欧州議会議員や関係者に対し制裁を科す一方、中国内の欧米企業に対し不買運動を行っている。ドムブロフスキ委員がいうように、「協定の批准に向けた環境」は整っていないわけだ。

EUは今月5日には、欧州市場に進出する外国国営企業を取り締まる新たな規制案を発表した。同規制案は、「EUの独占禁止法当局に対して、外国の国営企業が同国政府の補助金を受けていると判断された場合、欧州での買収や政府機関への入札を阻止する新しい権限を与える内容」という。中国国営企業を対象としたことは明らかだ(米紙ウォール・ストリート・ジャーナル)。

EUにとって中国は米国に次いで2番目の通商相手国だ。中国から欧州市場に落とされる投資の半分以上は同国国営企業からだ。彼らは戦略的に重要な分野に巨額の資金を投入する。例えば、インフラ分野だが、中国の投資内容には不透明なものが多く、その全容が掴めない状況だ。

中国企業はEU市場に積極的に進出する一方、欧州の企業は中国共産党政権の強権政治の下、様々な障害があって自由な投資が出来ない、といった不満の声が絶えなかった。そこでEUは「投資協定の締結」と「中国の人権改善」をリンクさせて中国側に圧力を行使してきたわけだ。

習近平主席は今年1月25日、世界経済フォーラムのオンライン会合で、「世界経済が戦後最大の危機に直面している。そのような時であるから世界は相手に対する偏見を捨て、相互尊重し、助けることが一層大切となる」と指摘し、「一国だけが利益を得るやり方は中国の哲学ではない。根拠のない批判を克服し、助け合わなければ、われわれが直面している困難を克服できない。地球は全ての人々にとって我が家だ。冷戦時代のような利己的な対応では問題は解決できない。相互助け合い、フェアな競争が大切だ。市場経済システムを発展させなければならない」と熱弁をふるっている。

中国は多国間主義やグローバリゼーションの恩恵を最も享受してきた国だ。習近平氏が多国間主義を称賛するのは当然だが、問題は中国共産党政権がその多国間主義を世界制覇の武器として利用していることだ。習近平氏の提唱した「一帯一路」も最終的には覇権を狙った統一戦線の一貫であることは明らかだ。債務漬けとなったアフリカやアジア諸国の実態がそれを証明している。マスク外交、ワクチン外交も利他的な行為ではない。外交的利益を狙ったビジネスだ。

中国の「美的集団」は2016年、1898年にアウグスブルクで創設された独産業用ロボットメーカー、クーカ社(Kuka)を買収。また、2016年4月には、ギリシャ最大の湾岸都市ピレウスのコンテナ権益を中国の国営海運会社コスコ(中国遠洋運輸公司)が買収している。中国の欧州市場進出は計画的、組織的、そして戦略的だ。

ところで、中国から巨額の資金を受けた国がその後、債務漬けで苦しんでいることは周知のとおりだ。余り知られていないが、欧州市場の入り口バルカン半島のモンテネグロは対中債務の返還で苦しんでいる国の一つだ。モンテネグロは人口62万人の小国だ。その国が2014年、中国国営銀行から約8憶ユーロの資金を借りて高速道路の建設を始めた、それが不運の始まりとなった。高速道路はまだ完成していないが、最初の債務返還の時期が7月に差し迫っている。

高速道路はアドリア海岸からセルビア国境までを繋ぐ。高速道路建設では賛否両論があった。高速道路建設への投資を元返し、収益をもたらすためには1日2万2000台から2万5000台の車両の交通量がなければ採算が合わないが、最大見積もっても6000台の車両の交通量しか期待できないことが判明したからだ。それに対し、中国貿易銀行はモンテネグロ大学の経済教授に、「高速道路建設が如何に収益性が高いか」の調査結果をいち早く報告させ、高速道路建設反対の声を封印してきた経緯がある。

モンテネグロは小国だが、美しい自然とアドリア海岸に恵まれ、観光業は盛んだ。中国にとってアドリア海を有するモンテネグロは欧州市場に近いうえ、同国がEU加盟を模索していることから魅力的な投資先であることは間違いない。

しかし、中国発新型コロナウイルスのパンデミックでモンテネグロの観光業は壊滅状況だ。そして対中債務返済は大きな負担となってきた。モンテネグロの現状は中国からダブルパンチを受けてKO寸前のボクサーのようだ。モンテネグロ政府が債務返済できない場合、中国は債務額相当の土地、施設を長期間、租借するだろう。

例えば、南米エクアドルの場合、中国からの債務残高190億ドルを抱え、返済が難しいので、2024年まで原油生産の80%を中国側に低価格で輸出することで中国側と折り合っている。同じように、中国は2017年、スリランカからハンバントタ湾と1万5000ヘクタールの土地の99年租借権を獲得している、といった具合だ。

参考までに、モンテネグロと同様、ハンガリーは中国と昨年4月、同国首都ブタペストとセルビアの首都ベオグラードを結ぶ高速鉄道を建設することで合意している。総額21億ドルの鉄道建設プランの契約内容は両国間で機密扱いとなっている。現地の政治家への賄賂なども含まれているからだろう。

習近平国家主席が始めた「一帯一路」経済プロジェクトには65カ国が関与している。EU加盟国27カ国からはイタリア、ハンガリーなど18カ国が参加している。中国共産党政権の世界制覇の野望を見抜かないと、モンテネグロ、スリランカなど対中債務漬けとなって苦しむ国が今後も出てくるだろう。

注:モンテネグロ関連情報は海外中国メディア「大紀元」独語版(5月5日)を参考。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。