ワクチン普及論議がトランプの貢献そっち退けで加熱

就任100日後の議会演説の冒頭で、バイデンは目標の1億回分を超える2億2千万回分のワクチン接種達成を誇らしげに強調した。その米国の通商代表部タイ代表は6日、新型コロナワクチンの知的財産保護を放棄することへの支持を、インタビューに答えて公表した。

タイ代表発言は、WTO(世界貿易機関)のオコンジョ=イウェアラ事務局長の考えを支持したもので、WHOのテドロスも支持を表明した。が、メルケル独首相は「知的財産権の保護は技術革新を生む源泉であり、今後もそうであり続けねばならない」とし、これに反対する立場を示した。

マクロン仏大統領とEU委員長はそれぞれ、「アフリカには製造設備がない」、「話し合う用意がある」と述べ、特許放棄には賛意を示しつつもやや慎重だ。バイデン政権の支持表明は、リベラル色の現れであると同時に、オコンジョの局長就任に反対したトランプへの意趣返しとの感じも受ける。

それというのも、ワクチンの効果が明らかになって、その迅速で広範な普及が待望される割に、本来思いを致すべきトランプの画期的な開発手法:オペレーション・ワープスピード(OWS)のことが余りにそっち退けにされているように筆者には思われてならないからだ。

そこで、この特許問題を考える前に、OWSとは何だったのか振り返ってみたい。

1年前の20年5月15日、トランプ大統領は、180億ドルの巨費を投じ、民間・政府・軍のパートナーシップの下、3億回分の新型コロナワクチンを21年1月までに開発するOWSを発表した。

トランプ氏 Facebookより

OWSが革新的なのは、大金を注ぎ込んで、250種を超えるワクチン開発の研究・臨床試験・製造・運用などを、「逐次ではなく並行して」行う点だ。すなわち1フェーズ終えたら次、でなく、各フェーズを複層的(コンカレント)に進めることで早期化を図るやり方だ。

OWSの対象企業7社への米政府の取り組みが、20年7月27日のアルジャジーラ紙に纏められている。

  1. モデルナ・・7月に3万人規模のmRNAワクチンの後期フェーズ臨床開始発表。政府資金は10億ドル。21年以降に年間約5億回~最大10億回の投与を予定。
  2. ファイザー/ BioNTechSE・・政府資金は19億5千万ドル。mRNAワクチンの投与目標は20年末までに1億回、21年末までに12億回超。
  3. Novavax・・7月に米政府が16億ドル投下。8~9月に中期試験、10月にフェーズ3試験、21年1月までに1億回投与を目指す。
  4. アストラゼネカ・・オックスフォード大との共同開発に米政府は12億ドル提供。風邪ウイルスの弱毒化バージョンを使った組換えウイルスベクターワクチン。
  5. J&J・・政府資金は4億5600万ドル。後期研究開始目標は9月で、リスト企業中最も遅い。ウイルスベクターワクチン。
  6. Merck&Co・・同社のエボラワクチン用技術に基づく組換えワクチン。政府資金3,800万ドル。20年中に人による治験開始予定。
  7. サノフィ・・政府資金は3,070万ドル。FDA認可の季節性インフルエンザワクチンに基づいた組換えワクチン。

現時点ではファイザー、モデルナ、アストラゼネカがほぼ予定通り戦力化、J&Jも後を追う。が、20年秋口までの各メディアや識者によるOWSへの非難や懐疑論は枚挙に暇なかった。

ファウチ博士は20年5月、報道のインタビューで「科学的に未知でありテストを急ぐことのリスクを考えると、期限を設定するのは危険」と警告した。が、1年後には「ワクチンは自然免疫より格段に上手く機能する」と悪びれもせず述べ、科学者たる矜持の欠片もない。

医学誌Lancetは20年6月、「ワクチン開発は平均10年掛かる。・・最初のワクチン接種が18ヵ月後とは信じられないほど積極的だ」とし、バニティフェア誌も20年5月、OWSを「危険で失敗する可能性が高い」と評した。

CNNは、OWSがワクチン開発の「試行錯誤を重ねる」手順を無視しているとし、20年4月30日のニューヨークタイムズも「全く新規なワクチン開発に関する我々の記録は少なくとも4年で、市民や経済がソーシャルディスタンスを許容できるより長い時間だ」と報じた。

マッキンゼーコンサルティングも20年6月のレポートで、「フェーズ2の臨床試験を開始したワクチンは1つだけで、フェーズ2とフェーズ3の間の最短期間は21ヵ月だ」と警告した。(以上は何れも21年3月20日のThe Hill

以上を踏まえ、筆者は知的財産権の保護除外には基本的に賛成だ。理由は米政府がOWSに投下した巨額な資金が使われているからだ。メルケルのいうように「知財の保護が技術革新を生む源泉」であることは言うまでもない。が、OWSはその枠からはみ出している。

知財はやがては陳腐化し、新技術に置き換わる。そこで一定期間は知財を保護し、発明者に開発コストを回収させて新技術に挑戦させる訳だ。開発コストとは、開発期間に要した人件費、設備費、材料費などで、量産時のコストとは違う。開発に長期を要する新薬の法外とも思える高薬価はこのためだ。

だがOWSでは開発コストの一定割合に巨額の公費が注入され、期間が短縮された。つまり、米政府が時間を金で買った。加えて企業は創業者利益を得る。例えばファイザーは、今年1~3月だけで売上と純利益とも前年同期比45%増の146億ドルと49億ドル、今後もワクチン需要に応じて増加しよう。

従いメルケルの主張はOWSの対象企業には当てはまらない。が、リソースが足らない発展途上国では供与特許が活せまい。解決策は、特許保有側(ライセンサー)による技術力のある国(ライセンシー国)への、売上の数%から無償までの低料率でのライセンスだ。

例えばファイザーからのライセンスで日本企業が短期間に量産化し、国が買い上げて国内と途上国に無償で供与する。課題の一つはライセンサーへの技術使用料率の設定。ライセンサーも技術移転やその後の品質監査などのコスト回収が必要だからだ。

ライセンシー側では、国内用と途上国用の買上げ価格と数量の設定、国内企業の独自ワクチン開発意欲の維持策、ライセンス技術を使って変異株向の新ワクチンが完成した場合の特許料等々、ライセンシーの国情(人口、蔓延度合い、技術力ほか)や国力によって工夫が必要になろう。

最大の眼目は、人類が早期に集団免疫を獲得することだ。トランプの米国が巨費を投じたOWSは今や米国の枠をはみ出した。この眼目を外さない範囲での枠組みを、米国とライセンサーとライセンシー国に必要なら国際機関も加えて工夫することなど、頭の良い官僚には容易かろう。

関連してファイザーは6日、東京オリパラの代表にワクチンを無償提供する契約をIOCと結んだと発表した。早速、東京五輪の開催に反対らしい某モーニングショーはこれを取り上げ、医療従事者の感情などに配慮すれば、一概に歓迎できない、といった趣旨の発言があった。

が、記事のどこを読んでも、日本の関係者だけへの提供とは書いてない。普通に考えれば、外国から日本を訪れる選手団と関係者、そして日本の代表と関係者が無償提供の対象になるだろう。医療従事者の感情に、などと考えること自体が医療従事者に対する礼を失していよう。

この話、菅総理が電話で直々にファイザーのCEOに働きかけたのなら、なかなかやる。そして何よりOWSを推進させたトランプにはノベール賞を差し上げたい。