「クリスマス休戦」、「イースター停戦」、そして「ラマダン和平」といった表現がメディアで過去、頻繁に報じられた。キリスト教国やイスラム教国にとって最も重要な期間には、敵国との紛争や戦争を停止するという意味だ。キリスト教国にとってはクリスマスや復活祭は最大の祭日だ。一方、ラマダン(断食月)はイスラム教徒の聖なる義務、5行(信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼)の一つだ。幼児、妊婦や病人以外は参加する。ラマダンの1カ月間は日の出から日の入りまで身を慎み、断食し、奉仕する。だから、紛争や戦争は停止する。
そのラマダン期間(4月13日頃から1カ月間)が終わったばかりだ。同時期にパレスチナ自治区ガザ地区からイスラエルへ数千発のミサイルが発射され、イスラエル側がそれに応戦し、両者間で多くの死者、負傷者が出る紛争に発展している。今回は紛争を仕掛けたのは明らかにパレスチナ側だ。ただし、紛争になれば、圧倒的な軍事力を持つイスラエル側が有利だから、パレスチナ側に多くの死者、負傷者が出る。だから、欧米メディアの中にはイスラエルの軍事行動を批判する声が高まるが、紛争を始めたのはパレスチナのイスラム過激派組織「ハマス」であることを忘れてはならない。
それではなぜ、ガザ地区を支配する「ハマス」はイスラエルに攻撃を仕掛けたのか。その一つは「ラマダン期間前後」だからだ。ラマダン期間とその明けた直後、信者はイスラム寺院に通い、祈りをする機会が多く、イスラム教徒は一層信仰的になる。
当方には多くのイスラム教徒の友人、知人がいる。彼らはラマダン期間、優しいイスラム教徒に変身する。それが1カ月間のラマダン期間が終わると、一部のイスラム過激派の活動が激しくなる。友人の説明によると、「ラマダン期間で高揚した信仰心に駆り立たされるからだ」という。その結果、「ラマダン明け」後、イスラム教国で紛争や闘争が再発しやすくなるというわけだ
もちろん、ラマダン期間にテロ活動を実施するイスラム派過激組織もある。例えば、2016年7月、バングラデシュの首都ダッカのレストランでイスラム過激派の襲撃テロが発生、日本人7人を含む20人以上が殺害されるテロ事件が起きた。犯人はイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)で、ラマダン期間だった。
「ハマス」がイスラエルに攻撃を仕掛けた背景を整理する。①上述した「ラマダン期間前後」の高揚した信仰心、②パレスチナ暫定自治政府が15年ぶりに5月下旬に予定していた自治評議会選挙を延期したこと、③アラブ諸国に見られだしたパレスチナ人問題への無関心に怒りが暴発したこと、等々が考えられる。
アッバス自治政府議長は4月30日、東エルサレムでの選挙実施問題でイスラエル側の合意が得られなかったとして選挙の延期を発表した。選挙でパレスチナ自治政府(ファタハ)の主導権を狙う「ハマス」には強い反発が生まれている。
アラブ諸国のパレスチナ人問題への関心は低下してきている。利害の違いで対立するアラブ諸国もこれまで「パレスチナ人問題」となると結束し、イスラエルを批判してきた。同時に、パレスチナ人への経済的支援も行われてきた。すなわち、パレスチナ人問題は汎アラブ主義を維持する貴重なテーマだったのだ。それが急速に変化してきた。
その最大の主因は米トランプ政権時代のイスラエル支援政策、それに伴うイスラエルとアラブ諸国、湾岸諸国の間の外交正常化への動きだ。同時に、アラブ諸国の結束が緩んできたこと。イスラエルに接近してきた中東の盟主サウジアラビアはここにきてシーア派のイランに接近してきている。また、米国でトランプ政権から民主党のバイデン政権が誕生したことで、アラブ諸国は政情の変化に適応を強いられてきた。例えば、サウジのムハンマド皇太子は自国の立場の強化のために積極的な外交に乗り出している。イランの軍事的支援を受けてきた「ハマス」は試行錯誤を始めたアラブ諸国の中で同じようにその立場の強化と新たな関係模索を余儀なくされてきたわけだ(「サウジとイランが接近する時」2021年4月29日参考)。
上記のことはイスラエルとイランにもいえる。過去1年間で4回の選挙を実施し、選挙後も次期政権の発足が未定のイスラエルにとって、「ハマス」との紛争ぼっ発は国内のリベラルな政党に打撃を与えるから、ネタニヤフ首相には政権維持のチャンスが出てくる。イランは核合意問題で米国と外交交渉を秘かに進行させている。米国の対イラン制裁が解除されない限り、イランの国民経済の回復は考えられないからだ。
一方、6月には大統領選が実施されるが、穏健派のローハニ大統領後の大統領ポストを国内の強硬派が狙っているなど、イランの国内情勢も流動的だ。西側メディアでは、イランは「ハマス」とのチャンネルを生かし、イスラエルへの軍事攻撃を停止するようにハマス指導部に圧力を行使し、その代償として米国から経済制裁の解除を得るといったディールがイランと米国の間で行われているという(「イラン保守派勢力の暴発に警戒を!」2021年2月20日参考)。
イスラエルと「ハマス」間の衝突は軍事力では比較にならないが、イスラエルも注意が必要だ。「ハマス」との戦いは「(武力)紛争」と言えるが、イスラエル国内でユダヤ系国民だけではなく、アラブ系国民も軍事攻勢を批判し、抗議デモをする動きがみられることだ。そうなれば、紛争は「内戦」へとエスカレートする状況が出てくる。イスラエル側は「ハマス」の動きを警戒する一方、紛争が内戦にならないように国内情勢の動向に注意が必要となるわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。