イランのザリーフ外相は今月13日からスペインのマドリードを皮切りに欧州歴訪を開始した。同外相は16日、第2訪問国のイタリアのローマに到着したが、予定のウィーン訪問をキャンセルしている。理由は明確だ。オーストリア連邦首相府と外務省建物の屋上にイスラエル国旗が掲げられている時、イスラエルを最大の宿敵とするイランのザリーフ外相がその建物を訪問し、シャレンベルク外相と会談することは出来ないというわけだ。
同外相の言い分は理解できる。同外相がイスラエル国旗がたなびくウィーン外務省の建物に足を踏み入れるところをイラン国営通信IRNA記者が撮影し、テヘランに配送した場合を考えてほしい。イラン保守派聖職者、強硬派は「待ってました」といわんばかりに同外相を糾弾するだろう。外交力が高く評価されているザリーフ外相がそんな冒険を犯すことはないからだ。
ザリーフ外相のウィーン訪問中止はウィーンで開催中のイラン核合意の復帰と米国の再加盟問題を協議中の交渉日程にも大きな影響が出てくることは避けられない。同外相がウィーン入りを拒否したことでイラン核合意の協議の行方にも不透明さが漂ってきたわけだ。
オーストリアのクルツ首相は14日、自身の首相府の屋上にイスラエル国旗を掲げさせたことがどのような外交的影響を及ぼすかを事前に計算していただろうか。34歳のクルツ首相は「ハマスのミサイル攻撃でイスラエル国民に多くの犠牲が出ている」とし、イスラエル国民への連帯を表明するために、首相府官邸の屋上にイスラエル国旗を掲げさせた。問題はその行為がオーストリアがイスラエル支持を宣言したものと受け取られることだ。クルツ首相はイスラエル軍の反撃で多くの犠牲者が出ているガザ地区のパレスチナ人に対しては何も言及していないのだ。同首相の政策は、イスラエルを全面的に支援し、パレスチナ人の困窮に理解を示さなかったトランプ米前政権と似ている、と指摘する声が出ているほどだ。
パレスチナを支援するトルコのイブラヒム・カリ―ン報道官は15日、ツイッターで、「ウィーンの首相府と外務省の建物の屋上にイスラエル国旗を掲げさせた行為は道徳的ではない」と批判しているほどだ。
今回のイスラエル軍と「ハマス」の武力衝突は、東エルサレムでのパレスチナ人の動きをイスラエル軍が制限し、それに住民が反発して小競り合いとなったことが契機で始まったと言われているが、間違いだ。イスラエル軍とパレスチナ住民間の小衝突はこれまでも頻繁に起きてきたことで初めてではない。直接の原因は、パレスチナ暫定自治政府が15年ぶりに5月下旬に予定していた自治評議会選挙を延期したこと、アラブ諸国に見られだしたパレスチナ人問題への無関心に対し、「ハマス」が怒りを暴発させたからだ。「ハマス」はガザ地区に漂う閉塞感を打ち破るために、対イスラエル武装闘争に出てきたのだ。
イスラエル軍と「ハマス」の今回の衝突は明らかに「ハマス」側に責任がある。そこから、今回の紛争の解決の道を模索すべきだ。軍事力で有利なイスラエル軍の攻撃、それに伴うパレスチナ側の膨大な被害を取り上げて、イスラエルの軍事攻勢を批判することは間違いだ。それこそ「ハマス」の狙いに嵌ることになる。「ハマス」にとって強者イスラエル軍に勝利する道はイスラエル軍の攻撃でパレスチナ側に大きな被害が出ることであり、それを国際社会にアピールすることで、イスラエルへの批判を高めることだ。
イスラエル軍の空爆でガザ地区の国際メディアが事務所を構える建物が破壊された。AP通信もそのビルに入っていた。イスラエル側は空爆前にメディア関係者に退避するように警告している。イスラエル軍が同ビルを空爆対象としたのは、「ハマス」が国際メディア関係者が入っている建物を利用してきたからだ。ちょうど、子供や女性たちをイスラエル軍の空爆防止の盾に利用するように、「ハマス」は国際メディア関係者がたむろする同建物をイスラエル軍の空爆回避に利用してきたのだ。
オーストリアの野党関係者はクルツ首相の「イスラエル国旗」問題について、「わが国の中立主義を無視している」と批判しているが、シャーレンベルク外相は、「わが国は中立主義国だが、テロに対しては容認しないし、静観しない」と反論している。
今回の中東紛争で糾弾すべきは「ハマス」のテロ活動であり、イスラエル軍の応戦ではない。国際社会は「ハマス」の戦略に乗せられて、イスラエル批判の合唱を再び始めてきた。欧州の都市で15日、パレスチナ人への連帯とイスラエル軍の攻撃中止を求めるデモがロンドン、マドリード、ベルリンなどで行われた。マドリードでは2500人のデモ参加者がイスラエルとの協調を停止すべきだと呼びかけ、パリではデモ集会開催中止令にもかかわらず、親パレスチナ・グループがデモ集会を開いている、といった具合だ。
欧州連合(EU)はガザ地区を実効支配している「ハマス」をテログループと認定している。繰り返すが、「ハマス」がイスラエルへ数千発のミサイルを撃つ行為は明らかにテロ攻撃だ。イスラエル国民だけではなく、「ハマス」に利用されているパレスチナ人もノーというべきだ。「ハマス」はテロ組織であり、パレスチナ人の権利を守る代表ではない。彼らは自身の目的を貫徹するためにパレスチナ人の女性、子供を盾に利用しているのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。