「学歴」不正問題で追及される政治家

昨年7月5日の東京知事選では小池百合子都知事の「カイロ大卒」の学歴詐欺容疑が持ちあがり、大きな話題となったが、欧州でも政治家の学歴詐欺や博士号不正取得問題がメディアを賑わすケースが後を絶たない。

学歴の不正容疑を受けた「緑の党」のベアボック党首 ベアボック党首の公式サイトより

これまで大きく報道された例として、ドイツのカール・テオドル・グッテンベルク国防相(当時)が2011年3月、博士論文の盗用問題で閣僚ポストを引責辞任している。「キリスト教社会同盟」(CSU)の若手のホープと期待され、将来の連邦首相候補と見られていた政治家だ。同氏は政界から足を洗い、家族と共に米国に移住した(ちなみに、同氏はその後、米国でビジネスを始め、博士号論文に再チャレンジし、無事、博士号を習得している)。

ドイツではまた、アネッテ・シャヴァーン文相(当時)が学生時代に提出した博士論文「人間と良心」が「引用先を記載していない」として盗作と判断され、論文提出先のデュッセルドルフ大学が博士号の剥奪を決定している。同氏はその後、駐バチカン大使に就任している(「揺れる『博士号』の重み」2013年2月7日参考)。

オーストリアではカール・ハインツ・グラッサー元財務相や同国出身の欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会のヨハネス・ハーン委員の博士論文の盗用がメデイアの話題になったことがある。最近では、オーストリアでクリスティーネ・アッシュバッハー労働・家族・青年相が今年1月9日、大学時代の修士論文の盗用容疑が追及され、「家族を守るために」辞任したばかりだ。

欧州では博士などの論文の不正を暴く盗用剽窃ハンターと呼ばれるプロがいる。彼らは調査依頼を受け、関係者の過去の論文を徹底的に調査し、その論文が博士号や修士を受けるのに相応しい基準か、他の論文のコピペかなどを調べる。

そのハンターが今、1人のドイツ政治家の学歴調査に乗り出している。その政治家とは、ドイツの野党「緑の党」のアンアレーナ・ベアボック共同党首(40)だ。今年9月に実施されるドイツ連邦議会選(下院)では野党「緑の党」の次期首相候補者に選出されたばかりだ。ドイツの複数の世論調査によれば、ベアボック党首が率いる「緑の党」がメルケル首相の与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)をリードしてトップを走っている。すなわち、同党首は現時点では次期首相に最も近い政治家といえるわけだ(「ドイツで『緑の党』が政権を担う時」2021年4月28日参考)。

その政治家の学歴に不正があった疑いが出てきたというのだ。具体的には、同党首の公表されている学歴によると、「ベアボック氏は大学を正式に卒業して学士(Bachelor)を取っていないにもかかわらず、英国のロンドン・スクール・オブ・エコノミクス・アンド・ポリティカル・サイエンス(LSE)に留学し、そこで修士(Master))を修得したことになっている。通常、学士を取らずにマスター・コースは出来ない。調査は初期段階であるから、まだ最終的結論は出ていない。ここまではドイツのメディアやネットで報じられてきた内容だ。

ただし、日刊紙「ターゲスシュピーゲル」12日電子版によると、上記のニュースはどうやらフェイク・ニュースという。ベアボック氏と「緑の党」が学歴不正問題で反撃を始め、ベアボック党首のLSEの卒業証明書を発表し、「欧州では当時、学士を取ってから修士コースに上がるといった形式はまだ確立していなかった」と説明している。この説明でメディアのベアボック党首の「学歴不正」報道が静まるかどうかは不明だ。

選挙まで4カ月余りに差し迫ってきた。党首の学歴不正問題は結果次第では選挙への影響が出てくるだけに、ベアボック党首、「緑の党」指導部もメディア報道に神経をとがらしているわけだ、

米作家マーク・トウェインは、「自分の先祖の家系を調べたければ、政治家になればいい。メディアは政治家の家系からスキャンダルまで全て事細かく調べて報道してくれるからだ」と語っている。ベアボック党首も次期首相候補者に選出されなければ、自身の学歴問題でメディアからイチャモンをつけられることはなかっただろう。日本語で「出る杭は打たれる」という言葉がある。ベアボック氏は今、後悔しているだろうか、それとも躍進する前の試練として忍耐をしいるのだろうか。とにかく、ドイツ語圏では政治家の博士号の不正取得、論文の盗用・剽窃行為が多いことは事実だ。

蛇足だが、オーストリアのクルツ首相はウィーン大学を休学中だ。法学部に入学したが、政治活動が忙しく卒業論文を書いていない。首相は34歳で欧州の政治家の中では一番若いが、大学休学期間は長くなってきた。政治家を卒業したら、残りの単位を取って卒業したいと述べていた。

口の悪い評論家は、「クルツ首相は国民党という党の学校で政治家としてのノウハウを学んできた。クルツ氏が大学を休学中だから、学士論文をまだ提出していない。学歴問題でメディアから後日、叩かれる心配はないわけだ」と評している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。