グローバル・インテリジェンス・ユニット チーフ・アナリスト 原田 大靖
大英帝国の象徴的存在といえるケープ植民地首相セシル・ローズは、その遺書で次のように述べている。
「大英帝国の繁栄を持続させるために、その全財産を知的エリートによって構成される秘密組織に任せる」
大英帝国の持続的発展のためには人材の育成が急務であると強く感じていたのであろう。この遺言によって、1902年ローズ奨学金が設立され、毎年旧英連邦を中心に世界中の学生がオックスフォード大学で学んでいる。ローズ奨学金はその後、世界中に「英国に忠実な」指導者を輩出し、特に米国政界においてローズ奨学生は枢要な地位を占め、クリントン政権は大統領、CIA長官、労働長官など多数のローズ奨学生が閣僚・重要ポストに就いたことから、「ローズ奨学生政権」の様相を呈していた(参考)。
そして今、ブレグジットを経た英国は再び人材の獲得に注目している。去る5月5日(GMT)より、英国はノーベル賞、チューリング賞(「計算機科学のノーベル賞」)、グラミー賞(米音楽界最高峰の賞)、アカデミー賞(米映画界最高峰の賞)などの受賞者に対して、就労ビザの手続きを簡素化する移民政策“Global Talent Visa”を発表した(参考)。これは、ブレグジット後の英国の国家戦略「グローバル・ブリテン」(“The Integrated Review of Security, Defence, Development and Foreign Policy-Global Britain in a competitive age-”)の一環であり、EU離脱により英国とEU間の移動の自由が今後制約されるとの懸念がある中でも、英国は引き続き優秀な人材を確保することを目的として動いている表れである。
そもそもブレグジットによる人材の流出が懸念されているが、下表の円ポンド・チャートをみると、ブレグジットの是非を問う国民投票で揺れた2016年は、先行き不透明感からポンドは大幅に下落したが、ポンド安は裏を返せば「日本や米国から人材投入をしやすくなる」と捉える企業もあり(参考)、必ずしも人材流出に歯止めがかからなくなるとも言い切れないのではないか。
大英帝国は大英博物館の収蔵品をみてもわかるとおり、メソポタミア文明に始まり、エジプト、ギリシア、インド、シルクロードから新大陸まで、世界史上のあらゆる文化芸術、科学技術を掌握することで、その覇権を維持してきたが、その担い手である人材の確保にまずは焦点をあてるところ、「グローバル・ブリテン」の根底には、再び英国をして「偉大な威厳ある国家」にせんとするレトロスペクティヴな歴史回帰がみてとれる。
さらに、英国は「グローバル・ブリテン」にて安全保障戦略の重心をインド太平洋に置こうとしている点は我が国としても見逃せない。英国政界からの「ファイブ・アイズ」への我が国の参加を促すラブコールは、「新・日英同盟」の構築という我が国としてもレトロスペクティヴな流れを想起せざるを得ない。思えば、ローズ奨学金が設立された1902年といえば、英国が我が国と日英同盟を締結して「光栄ある孤立」から脱却したという歴史的に大きな転換点でもあった。我が国としても他人事ではない英国の「グローバル・ブリテン」の行方につき、大英帝国への回帰という視点から引き続き注視していきたい。
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原田 大靖
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科(知的財産戦略専攻)修了。(公財)日本国際フォーラムにて専任研究員として勤務。(学法)川村学園川村中学校・高等学校にて教鞭もとる。2021年4月より現職。