ロシアのモスクワに拠点を置くニュース専門局「ロシア・トゥデイ」(RT)が22日、興味深いニュースを報じていた。イランの最新軍事情報についてだ。米国とイスラエルの軍事的脅威に対抗するために、イラン革命防衛隊(IRGC)は21日、迅速な移動や配備・定着能力を持つレーダーシステム「ゴッツ」(Quds)、敵側の戦闘機、巡航ミサイル、無人航空機に対し近距離で迎撃できる地対空ミサイルシステム「9th DEY」、そして無人機などを初公開した。
「ガザ」と命名された大型無人機は監視用、戦闘用、偵察任務用と多様な目的に適し、連続飛行時間35時間、飛行距離2000km、13個の爆弾と500kg相当の偵察通信機材を運搬できるという。イスラエルはイラン側の軍事力の強化に脅威を感じると共に、パレスチナのガザ地区のイスラム過激派組織「ハマス」がイラン側の軍事支援を受けてその攻撃能力を強めることを警戒している。
イラン問題と言えば、核問題を即考えるが、イランのミサイル開発、そして通常武器体制の急速な近代化、高性能化が中東地域の安定を脅かす懸念材料となっている。6月の大統領選を前に、イラン革命防衛隊が今回最新の武器システムを公表したのには様々な思惑があるはずだ。
トランプ米大統領(当時)は2018年5月、国連安保常任理事国(米英仏ロ中)にドイツを加えた6カ国とイランの間で13年間の外交交渉の末に締結した包括的共同行動計画(JCPOA)から離脱を表明した。トランプ氏は「核合意は不十分であり、イランの大量破壊兵器製造をストップできない」と説明した。具体的には、①核開発計画、②ミサイル開発など軍事力強化、③世界各地でテロ勢力を支援していることなどだ。
ハマスが今回イスラエル側に数千発のミサイルを発射したが、ミサイル開発ではイラン側の支援があったことは間違いない。イランはシリア内戦では守勢だったアサド政権をロシアと共に支え、反体制派勢力やイスラム過激テロ組織「イスラム国」(IS)を駆逐し、奪われた領土の奪還に成功。イエメンではイスラム教シーア派系反政府武装組織「フーシ派」を支援し、親サウジ政権の打倒を図る一方、モザイク国家と呼ばれ、キリスト教マロン派、スンニ派、シーア派3宗派が共存してきたレバノンでは、イランの軍事支援を受けたシーア派武装組織ヒズボラが躍進してきた。イラクではシーア派主導政府に大きな影響力を行使してきたことは周知の事実だ。
米情報機関は年次報告書の中で、「イランは中東地域で米国の国益を阻む最大の競争国だ」と記述している。ちなみに、米軍の無人機(ドローン)が昨年1月3日、イラクのバクダッドでイラン革命防衛隊「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官を殺害したことを受け、イランは米国に報復攻撃を宣言。同年1月8日、駐イラクの米軍関連施設を弾道ミサイル攻撃している。
2015年7月のイラン核合意では、イランは濃縮ウラン活動を25年間制限し、国際原子力機関(IAEA)の監視下に置く、遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3・67%までとし(核兵器用には90%のウラン濃縮が必要)、濃縮済みウラン量を15年間で1万kgから300kgに減少などが明記されていた。
しかし、米国の核合意離脱後、イランは、「欧州連合(EU)の欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張。イラン核合意を堅持したい英仏独は米国のイラン制裁で被る損害を可能な限り補填する「特別目的事業体」(SPV)を設立し、イランに投資する西側企業を支援する政策を実行してきたが、米国企業との取引を懸念する西側企業はイラン市場から撤退。
それを受けて、イラン側は核合意の内容を一つ一つ無効にし、最新の遠心分離機の導入(「IR-2m」)などを実施。濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4.5%を超えるなど、核合意に違反。昨年11月には、フォルドウの地下施設でも濃縮ウラン活動を開始し、同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。
そして今年1月1日、同国中部のフォルドゥのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げるとIAEA側に通達した。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。欧米の核専門家は、「濃縮度20%を達成できれば、核兵器用のウラン濃縮度90%はもはや時間の問題となる」と指摘、イラン側が核兵器製造を視野に入れたものと警戒している。そしてイランは2月23日を期してIAEAの抜き打ち査察を停止したが、「最長3カ月間、必要な査察、監視は受け入れる」と表明して、IAEAとの完全な決裂を回避してきた。その3カ月間の期限は今月23日で終わった。
イラン国会のモハンマド=バーゲル・ガーリーバーフ議長は23日、「IAEAは今後、核関連施設で撮影された如何なる写真へのアクセスも認められない」と強調。それに対し、IAEAのグロッシ事務局長は同日、査察期間の延長についてイラン側と話し合うという。
イランの狙いは圧力を最大限に高めて米国の対イラン制裁の全面的解除を獲得することだ。特に、原油禁輸の解除と金融機関への制裁解除は大きなテーマだ。一方、バイデン政権はイラン核合意に復帰するためには、イラン側がJCPOAへの完全履行復帰が前提、という立場を崩していない。
バイデン氏はトランプ前大統領のイラン核合意からの離脱を「失敗」と断言し、イラン核合意への復帰を公約してきたが、核合意への早期復帰を焦るあまり、イラン側に大幅な譲歩をすれば、問題を先送りにするだけだ。一方、米国が対イラン経済制裁を解除しない場合、イランの保守派勢力は核開発へと邁進するだろう。イランでは6月に大統領選が実施されるが、強硬派候補者が台頭する可能性も出てくる。イランの核問題はバイデン新政権にとって最初の重大な外交交渉となるだけに、バイデン大統領がどのような主導力を発揮するか注目される。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年5月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。