断を下す

北尾 吉孝

ふた月程前、ライフハッカーの「ジェフ・ベゾスに学ぶ、ビジネスを成功に導く11原則」と題された記事の中に、「どのような種類の決定を下すのか適切に把握する」ということを、判断を下す場合の原則とするとありました。そこでは次の二種、「不可逆的で非常に重要な結果をもたらす(中略)一方通行のドア」型の決定、及び「間違った選択をしても、後戻り(中略)できる双方向のドア」型の決定、が示された上で、前者と後者を混同し後者の「決定を下すのに時間をかけ過ぎること」が問題だと指摘されています。

『宋名臣言行録』に「事に臨むに三つの難きあり。能く見る、一なり。見て能く行う、二なり。当に行うべくんば必ず果決す、三なり」という言葉があります。事に臨み処置するに当たってトップは、第一に見通すことの困難、第二に見通した後きちんと実行することの困難、第三に実行すべきを素早く決断し勇気を持って必ずやり通すことの困難、という三つの困難を克服し最終的に決着をつけて行かねばなりません。

朝から晩まで「小田原評定」とも言うべき不毛な会議を重ね「議して決せず、決して行われず」というのではなくて、果断な処置をとり物事を成就させて行くのがトップの務めというものでしょう。経営者は困難の中でも英知の結集は当然やらなければいけません。しかし同時に、ある種孤独な環境下どんどんと決めて行かねばなりません。だからその分トップには、見識や能力が求められるのです。

経営者は日々、様々な経営上の諸問題に関する結論を下して行きます。勿論その中には冒頭挙げた、双方向のドア型のものも多々あります。それら取返しのつく諸問題に対しては私が何時も言っている通り、常に「策に三策あるべし」としてA案が駄目ならB案、B案が駄目ならC案といった具合に、最初から少なくとも三つ位は用意しておくことが大事です。『書経』の中にも「有備無患(備え有れば患い無し)」とあるように、私の経営もそういう形で行っています。

他方どうしても取返しのつかない決断もあります。一方通行のドア型の決定で降りかかる災いの多くは、出発点における誤りに起因するものです。あらゆる事柄というのは、その出発点で十分に熟慮されねばなりません。例えば我国が第二次世界大戦に至るに及んでは、取返しのつかない大変難しい決断でありました。しかし当時その出発点で、「一体何のための戦争か」に始まり「勝ったらどうなる」「負けたらどうなる」といったところの判断につき、戦争指導層は出来るだけ様々な衆知を集め色々な人の意見を素直に聞けていたのでしょうか。

私に言わせれば此の時、世界観も歴史観も間違ったものしか持っていなかったような東条英機はじめ日本中枢に居たエリート足らざる人間達は、非常に凝り固まった中で衆知を集めることなく馬鹿げた結論を下して行ったのではないかと思っています。取返しのつかないディシジョンをした人というのは往々にして、我田引水的かつ大変浅薄な判断で多くの群集心理を巻き込んで行きますが、そうした特殊な心理状態は間違っていることも沢山あります。

昔から、群集の中に正論を吐く一握りの人達を見出して行くことが人を見る上で大事なことだと言われています。組織のトップは最終の断を下す部分は独りで行い、その責任は自分が負わねばなりませんが、英知結集に努めることが出来る人物でなくてはいけません。一方通行のドア型の中でも取り分け国家的危機に際し偉大な決定を為すは、透徹した使命感・責任感と犠牲的精神で正に利他の心を持って歩まんとする人物だと思います。


編集部より:この記事は、北尾吉孝氏のブログ「北尾吉孝日記」2021年6月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。