このごろ日本ではMMTという経済理論が人気を集めています。その最大の売り物は「国はいくら借金してもいい」という話です。国の借金は返さなくてもいいというので、政治家のみなさんには大人気ですが、これは本当でしょうか。
Q. 国債って何ですか?
国債は次の図のような国の借金の証文です。普通は金利と償還期日が決まっていて、たとえば「金利0.1%で10年償還」などと書いてあります。これはたとえばトヨタ自動車が10年物の社債を出すのと同じです。国が銀行からお金を借りるとき、この券を発行し、銀行が買うのです。
Q. 「国債は国民の資産だから借金じゃない」というのは本当ですか?
うそです。だれかの借金はつねにだれかの資産です。あなたがトヨタの社債を買うと、それはあなたの資産ですが、それはトヨタが返さなくてもいい理由にはなりません。「国債は夫が妻から借金するようなものだ」というたとえがよく使われますが、離婚したら借金を返さないといけません。日本経済は家庭とは違うのです。
しかし国がお金を稼ぐわけではないので、借金の財源は将来世代のはらう税金です。特に大きいのは年金などの社会保障なので、国債は現在の高齢者の将来世代からの借金です。孫のクレジットカードでおじいさんが買い物をするようなものです。
Q. でも国の借金は返さなくてもいいんじゃないですか?
借金は先送りできます。たとえば10年の期限が来たら、他の人から借り替えればいいのです。この点では、民間の借金も国の借金も同じです。世の中に借金しないで経営している会社がほとんどないのと同じで、国の借金も全部返す必要はありません。
Q. では永久に借り替えればいいのではありませんか?
そうすると新たに国債が発行されて金利がつくので、元利合計の借金は雪ダルマ式に増えていきます。これは今の世代の借金を次の世代につけかえるネズミ講みたいなもので、先送りが続けられるかぎり問題はありません。
MMTは簡単にいうと、このネズミ講が永遠に続けられると想定する理論です。それは今のゼロ金利では成り立つようにみえますが、金利が上がると借金は2000兆円、3000兆円…と増えるので、普通の方法では返せなくなります。
Q. 日本の国債はデフォルト(踏み倒し)されないというのは本当ですか?
本当です。国の借金はお札を印刷すれば返せるので、日本では債務不履行という意味のデフォルトは起こりません。これは財務省も公式に表明しています。「財政破綻」はこういう名目債務のデフォルトではないのです。
インフレで借金を実質的に減らすことができます。たとえば物価が2倍になると、借金の負担は半分になります。史上最大の国債を発行したイギリスは、GDPの2.5倍の借金をインフレで0.5倍に減らしました。これは国債保有者からみると、保有国債が半分踏み倒されたのと同じです。これを実質債務のデフォルトといいます。
Q. 日銀が国債を全部買えば、借金は消えるんじゃないですか?
国の借金は日銀の資産ですが、日銀は国の子会社みたいなものなので、これは親会社の社債を子会社が買うようなものです。たとえばトヨタの販売会社がトヨタ自動車の社債を買っても、連結でみると借金は同じです。これは国債という借金を日銀券(あるいは日銀当座預金)という借金に置き換えただけです。
Q. 金利が上がっても、日銀が国債を無限に買えばいいんじゃないですか?
日銀が民間銀行から国債を買うと、その分だけ民間にお金が出ます。今はそのお金が日銀当座預金で「ブタ積み」になっていますが、金利が上がると、お金が市場に出てインフレが起こります。日銀の国債買い取りは、長期債務(国債)の金利リスクを短期債務(日銀当座預金)に付け替えているだけなのです。
Q. 日銀は国の機関だから、赤字になってもいいんじゃないですか?
日銀が損しても資産は時価評価されないので、国債を償還期限までもてばいいのですが、民間銀行は時価評価なので、金利が上がって国債が暴落すると、預金者の取り付けが起こってつぶれます。今のようにゼロ金利が永遠に続くと保証できるならいいですが、だれもそんな保証はできません。アメリカでは金利やインフレ率が上がり始めたので要注意です。
Q. 自国通貨を発行できる国はいくらでも借金できるんですか?
通貨発行権と借金は無関係です。フランスにも通貨発行権はありませんが、いくらでも借金できます。金を貸す人がフランス政府を信用しているからです。逆にロシアは通貨発行権があっても国債を踏み倒しました。借金できる必要十分条件は、金を借りる人の支払い能力についての信用です。債務残高はその指標ですが、政府が過剰に信用されている今の日本では心配する必要はないでしょう。
Q. 財政赤字はゼロにしないといけないんですか?
そんなことはありません。借金しないで会社経営ができないのと同じで、国の借金もゼロにする必要はありません。財政赤字で借金が増えても、国の信用があれば、何も起こりません。借金が雪ダルマ式に発散すると危険ですが、今のようにゼロ金利で貯蓄が増えている状態では、ある程度の財政赤字は必要です。プライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化する必要はないと思います。
Q. では財政赤字はどこまで増やしてもいいんですか?
MMTでは「インフレ目標2%に達したら財政赤字を止める」といっていますが、財政支出は国会を通さないといけません。インフレになっても増税には与野党ともに反対するので、すぐ止まる保証はありません。また国債は年金などの原資ですが、インフレになったら年金も止めるんでしょうか?
物価より大きな問題は金利です。日本の国債の残高は1000兆円以上あるので、長期金利が1%上がると利払いが10兆円増えます。たとえば10万円の給付金を全国民に出して長期金利が1.5%上がると、利払いが15兆円増え、給付金13兆円はインフレで消えてしまいます。これをインフレ税といいます。税なしで支出を増やせるフリーランチはないのです。