認知症のクスリがやってくる

アメリカのバイオジェン社が長年研究していたアルツハイマー型認知症の新薬を日本のエーザイ社と組み、紆余曲折しながらもアメリカの食品医薬品局(FDA)が承認しました。アルツハイマー系の新薬としては約20年ぶりです。認知症向けの新薬開発は癌のクスリよりはるかに難しいとされ、過去、世界のトップクラスの多くの製薬会社が挫折しました。今回の結果は快挙です。

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そもそもはスイスの小さな新興企業がアルツハイマーの原因とされるアミロイドβを抑えるアデュカヌマブという抗体を見つけます。それをバイオジェン社が2007年に380ミリオンドル(約400億円)で買い取ります。バイオジェン社は独自で開発を進めていたのですが、2014年にエーザイが参画、共同で開発に切り替えていました。

エーザイ社も比較的認知症対策医薬品のウェイトがあり、同社の既存売り上げではアリセプトという認知症進行抑制剤は市場シェア80%を占めるような具合となっています。バイオジェン社と同社のこの開発を巡っては本ブログでは2019年11月に報じさせていただいていました。当時、この製薬が生まれれば認知症の進行を20%遅くすることができるようだと書かせて頂いています。今回の一連の報道では効能について踏み込んだ記事は見当たりませんでした。

ではこれが何処まで夢のクスリなのか、といえば正直、認知症治療の第一歩なのだろうと思います。まず、アルツハイマー型認知症は全体の7割ですが、他にも血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などがあるとされます。またこの薬は認知症を直すものではなく、遅らせるものであり、一種の抗がん剤と同じようなレベルです。医薬品業界としてはこれから長い道のりの開発を継続していき、いつかは治療薬が出来てほしいところであります。

また、今回承認された製品名、「アデュヘルム(Aduhelm)」に対する効果については医学界でも賛否両論あり、それが専門家の中でも一致した見解となっていません。ただ、何事も生みの苦しみはあるものでこれを契機にバイオジェン/エーザイ社だけではなく以前に挑戦して諦めた大手製薬会社が再度の挑戦に臨んでもらいたいと考えています。

特に今回のもう一つの特徴はアメリカ食品医薬局の承認が異例なほど早い11カ月であった点が上げられています。これが医薬品の承認の過程においてコロナのワクチンと同様、新薬の承認過程の改革であったとすれば今後、画期的な薬が出やすい可能性があります。(もちろん、その逆でその副作用などが心配だという声も出てくるとは思いますが。)

さて、認知症は厚労省によると日本では2020年時点で高齢者の5人に1人となる600万人にのぼるとされます。ゆっくり進行することと程度の差があるので知らぬ間に実は…、ということもあるのでしょう。ただ、歳を取ると物忘れがひどくなると言いますが、これと認知症は別物です。これが案外、どちらなのかわからなくなっているケースもあるのではないかと思います。

端的に分かりやすく言ってしまえばコンピューターの記憶装置(メモリ)を想像してもらえればよいのですが、加齢による物忘れは記憶したものを引っ張りにくくなっている状態で、認知症は引っ張れない状態と言ったらよいと思います。引っ張ろうとしても「ファイルが壊れています」と表示されるあれです。物忘れはマイドキュメントのどこに保存したかわからなくて「えーと…」と探す状態で忘れた頃に「あーぁ、思い出した」となるのです。このケースは記憶のファイルの整理をしたり必要なものを取り出しやすくする脳トレのような訓練をすればある程度進行を抑えられるはずです。

一方、認知症も全部が忘却の彼方になるわけではなく、案外若いころの自分はしっかり記憶しているのにあるところから全然記憶ファイルが壊れている、あるいは今日の生活において記憶装置をスルーしている状態です。エクセルやワードでせっかく何かを作成しても保存しないで消すのと同じです。食事をしても今食べている行為そのものが記憶されていないので5分経てば「あれ、何か食べたっけ?」になるのです。

また議論があるところですが、一般的には認知症は症状であって病気ではないとされます。これは残された家族の負担、介護の費用の増大など大きな社会問題です。よって効果の疑義はまだ残るのかもしれませんし、効果がある人とない人ができるのかもしれませんが、仮にアデュヘルムで20%もの進行遅延が実現できるなら社会的負担が2割減るともいえるわけで画期的であることは間違いないはずです。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年6月9日の記事より転載させていただきました。