「隠蔽」と「アポカリプス」が映す時代

ジャーナリストとして恥ずかしいことだが、「隠蔽」という漢字が書けなかった。ローマカトリック教会の聖職者の未成年者への性的虐待問題が浮上し、教会指導部が過去の不祥事を隠していたという出来事がメディアに報じられてきてから、日本語に「隠蔽」という少々固い表現の漢字の書き方を学んだ。それ以降、カトリック教会の性犯罪問題を報じる際には「隠蔽」という漢字を多用してきた。

ミケランジェロの「最後の審判」

一方、新約聖書の「ヨハネ黙示録」では、人類の終わりの時に生じるであろう世界の実態が記述されている。具体的には、悪が滅び、善の世界が始まる前に生じる大惨事などが描写されている。俗に「アポカリプス」(Apocalypse)の世界だ。ただ、「アポカリプス」は“世界の終末”とか“大惨事”といった意味ではなく、「覆われたものを外す」といった意味の古代ギリシャ語から由来している。

ところで、この「隠蔽」という漢字と、「アポカリプス」という言葉は21世紀の現代の時代風景を適切に表現しているのではないだろうか。独語ではZeitgeist(時代精神)という言葉がある。

「隠蔽」と「アポカリプス」は密接な関係がある。人は何らかを他者の目から隠す。その隠された物、カーテンで覆われていた事例を白昼の光のもとに示す。すなわち「隠蔽」されていた事例の「覆いを外す」(アポカリプス)わけだ。逆にいえば、「アポカリプス」は「隠蔽」されたものがなければ不必要な表現であり、死語となってしまう。

日本のメディアでは「文春砲が炸裂した」といった表現がある。それは隠されてきた事実が調査取材の結果、新しい事実や因果関係が浮かび上がり、社会問題となる、俗にいうスクープ報道だ。身に何らかの引っ掛かりを持っている政治家や著名人は文春記者から会見を求められた場合、ちょっとビビるという。

同じことがドイツでもある。独週刊誌シュピーゲルの記者から電話があった政治家の場合、シュピーゲルという世界的な週刊誌から声がかかったことで名誉を感じる一方、「シュピーゲルは何か嗅ぎつけたのだろうか」と不安になるという。なぜなら、何らかの事実を隠して生きているからだ。政治家や著名人だけではない。多くの人はプライベートな生活から仕事分野に至るまで、他人に知られたくない事例を抱えて生きている。だから、シュピーゲル記者の取材申し出は嬉しい反面、怖いといった反応が出てくるわけだ。

「ヨハネ黙示録」のアポカリプスの世界もそうだろう。「ノアの洪水」やモーセ時代の「十災禍」のように、人類の終わりの時、この地上に起きる現象が生々しく描かれている。ただ、それらの現象が生じる前に、隠されていた事実が表に現れなければならない。最初から大惨事があるのではなく、隠蔽されていた事実が明らかになった結果、生じる内容だ。それは聖書の終末思想と密接に関連する。ミケランジェロの「最後の審判」の世界だ。

旧約聖書の創世記を読めば、人類は神の戒めを破って以来、神から常に身を隠し、その言動を隠蔽してきた。同時に、隠蔽することで「不安」が生まれてきた。明らかになることを恐れるからだ。

アダムとエバはルシファーの誘惑に負ける。神はアダムとエバに真相を聞くと、彼らは下部を隠した。人は悪事を働いた部分を隠そうとするものだ。人類始祖が下部を隠したということは、その部分で罪を犯したからだ。人類が最初に隠蔽した箇所は「頭」ではなく、「下部」だったのだ。

「隠蔽」行為は、明らかになっては困る。その内容はさまざまだろう。人は「明らかになっては困る」ものを抱えて生きているから、「隠蔽」せざるを得ない。しかし、「アポカリプス」はこれまで隠蔽されてきた事例を太陽の光のもとに引き出し、明らかにする。

隠蔽した事例や秘密を墓の中までもっていく政治家もいるが、多くの人間はその人生が終わる前に、これまで隠してきた事例を他者に伝えたい衝動に駆られる。例えば、ウォーターゲート事件(1972年6月~74年8月)の場合でも、ワシントン・ポスト記者に情報を流した情報源「ディープ・スロート」と呼ばれた内部情報提供者(マーク・フェルト当時FBI副長官)は「自分だ」と告白してから亡くなった。死ぬ前に秘密を明らかにし、決着をつけて別の世界に旅立った。秘密を自分の墓場まで持っていく人間は案外少ない(「口が開く瞬間」2006年9月27日参考、「『告白』の守秘義務は厳守すべきか」2019年7月17日参考)。

話しは少し飛ぶが、中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源について、「武漢ウイルス研究所」(WIV)からの流出説が強まってきた。中国共産党政権は流出説を否定し、コロナウイルス感染初期のデータを隠蔽してきた。なぜならば、生物兵器を前提に「機能獲得研究」(gain of function research)を実施してきたからだ。

米国はWIV流出説を主張してきたが、多くの情報を持ちながら中国側を追及しきれなかったのは、米軍自身が中国共産党政権と同様、機能獲得研究をしてきたからだ。それだけではない。米国の研究機関はWIVと連携してきた。米国も生物兵器を目指し、機関獲得研究をしてきた。中国側はWIVの管理にミスがあってウイルスを外部に流出させてしまい大きな問題となった。

少し遅くなったが、米国が中国共産党政権にWIV流出説を認めさせるためには、米国側が自ら隠蔽してきた事実を追認し、危険な「機能獲得研究」の中止と、核関連施設への包括的核査察協定下の追加議定書のような相互協定を作成すべきだと提案してみたらどうか。

歴史は清算しなければならない時を迎えている。キリスト教的に言えば「終末」を迎えているわけだ。ローマカトリック教会の聖職者の性犯罪が次々と暴露されてきたのもアポカリプスだろう。

「隠蔽」してきたことは必ず明らかになることが「天法」とすれば、太陽が光を失い、星が地に落ちる終末現象を恐れるのではなく、歴史を通じて隠蔽されてきた様々な事実が明らかになるアポカリプスの到来を平静な心で迎えたいものだ。新しい歴史を始めるためには過去の「隠蔽」してきた事例を明らかにしなけばならないからだ。たとえ、それが不安と痛みをもたらすとしてもだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年6月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。