演繹と帰納

前回は言論の基本概念について説明しましたが、今回は言論の結論を導く重要な行為である論証のエンジンともいえる推論の方法論について詳しく説明したいと思います。

論証と推論

【論証 argument】とは、【前提 premise】【命題 proposition】から【推論 inference / reasoning】によって【結論 conclusion】の命題を導く行為のことです。ここで命題は、事実と一致する【真 true】であるか、事実と一致しない【偽 false】であるかのどちらかであり、客観的な真偽を持たない認識や感情は論証の対象にはなりません。

推論とは、前提の命題と結論の命題を結ぶものです。前提の命題が真であり、推論が適正な場合のみ、結論が普遍的に真あるいは蓋然的に真となることが保障されることになります。推論の方法論には、【演繹 deduction】【帰納 induction】という2つがあります。以下、詳しく説明したいと思います。

演繹

【演繹論証 deductive argument】とは、理論から導いた【理論則 theoretical law】を論拠(大前提)にして論点(小前提)から【普遍的 universal】な結論を導くものであり、真の前提から正しく導かれた結論は「例外なく真」となります。

【演繹 deduction】

  • 大前提:Aならば普遍的にBである
  • 小前提:Aである
  • 結 論:Bである

<例>

  • 大前提:人間ならば死ぬ
  • 小前提:ソクラテスは人間である
  • 結 論:ソクラテスは死ぬ

ここで理論則とは、例えば論理学の場合には【ド・モルガンの法則 De Morgan’s laws】といった論理演算の法則を指し、次に示す【原理 principle】と呼ばれる「普遍的に真である命題」から理論的に導かれます。

【論理学の原理 principle】

  • 充足理由律 law of sufficient reason:事実の生起には理由がある
  • 同一律 law of identity:AはAである
  • 無矛盾律 law of noncontradiction:AかつAでないということはない
  • 排中律 law of excluded middle:AかまたはAでないかのどちらかである

これらの原理は「当たり前やんけ~」「なめとんのか~」とお叱りを受けそうなほど当たり前のことですが(笑)、論理の重要な理論則はこれらの原理から導出されるのです。

帰納

【帰納論証 inductive argument】とは、実験から導いた【経験則 empirical law】を論拠(大前提)にして論点(小前提)から【蓋然的 probable】な結論を導くものであり、真の前提から正しく導かれた結論は「例外はあるものの概ね真」となります。

【帰納 induction】

  • 大前提:Aならば経験的にBである
  • 小前提:Aである
  • 結 論:おそらくBである

<例>

  • 大前提:人間ならば経験的に死ぬ
  • 小前提:ソクラテスは人間である
  • 結 論:おそらくソクラテスは死ぬ

ここで、経験則とは【観測 observation】から【統計 statistics】によって導かれる法則です。帰納法の大前提となる経験則は、【枚挙的帰納 enumerative induction】【アブダクション abduction】【アナロジー analogy】という3つの方法論によって得られます。

まず、枚挙的帰納とは、多くの事実を枚挙していくことによって特定の因果関係を見つけ出してそれを結論とするものです。

【枚挙的帰納 enumerative induction】

  • 前提:A1はBである。A2はBである。A3はBである
  • 因果:AならばBである
  • 結論:Aならば経験的にBである

<例1>

  • 前提:廬武鉉大統領、李明博大統領、朴槿恵大統領は就任後にゴールポストを動かした
  • 因果:韓国の大統領は就任後にゴールポストを動かした
  • 結論:おそらく韓国の大統領は就任後にゴールポストを動かす

<例2>

  • 前提:廬武鉉大統領、李明博大統領、朴槿恵大統領は退任後に逮捕された
  • 因果:韓国の大統領は退任後に逮捕された
  • 結論:おそらく韓国の大統領は退任後に逮捕される

この2つの例の前提は冗談のような真実です。ちなみに<例1>に関して言えば、現在の文在寅大統領も就任後に見事にゴールポストを動かしました。一方<例2>に関して言えば、文在寅大統領が退任後に逮捕されるかどうかは不確定です。帰納論証は必ずしも真の結論を得ません。客観的な論証にあたっては、少なくとも信頼区間を明示した【区間推定 interval estimation】が必要です。

次に、アブダクションとは、前提の事実を説明できる仮説を設定し、その仮説を結論とするものです。

【アブダクション abduction】

  • 前提:Aである
  • 仮説:Bの仮説を設定するとAを説明できる
  • 結論:Aならば経験的にBである

<例1>

  • 前提:行政が加計学園の獣医学部の新設を認めた
  • 仮説:加計学園学長の親友である安倍首相に行政が忖度したとすると前提を説明できる
  • 結論:おそらく行政が安倍首相に忖度した

<例2>

  • 前提:大物芸能人が逮捕された
  • 仮説:世間から自分たちの悪行の目をそらす安倍政権の陰謀と考えると前提を説明できる
  • 結論:おそらく世間から自分たちの悪行の目をそらす安倍政権の陰謀である

この方法論は、論理学的には【後件肯定 affirming the consequent】という形式的誤謬であり、結論をサポートするためには、別途精緻な立証を行うことが必要です。<例1>において、立証責任がある野党やマスメディアは「疑惑はさらに深まった」という言葉を振りかざしましたが、実際には何の証明にもなってないことに注意が必要です。また<例2>のように、アブダクションは、単なる【陰謀論 conspiracy theory】に陥ることもしばしばあります。濫用されやすい帰納論証の一つです。客観的な論証にあたっては【仮説検証 hypothesis testing】が必要です。

次に、アナロジーとは、類似しているものは類似した性向をもつことを結論とするものです。

【アナロジー analogy】

  • 前提:A0はBである
  • 類推:AはA0に似ていておそらくBである
  • 結論:Aならば経験的にBである

<例>

  • 前提:アベ政治を許さない
  • 類推:スガはアベに似ている
  • 結論:スガ政治を許さない

この方法論もアブダクションと同様、濫用されやすい帰納論証の一つです。例えば、人間の生物機能は類似していますが、個性は別です。一方で右翼と左翼といったイデオロギーを同一とする集団や宗教のような倫理規範を同一とする集団が存在し、特定の論点に対して概ね類似した価値観を共有しています。このように類似性はケース・バイ・ケースであり、客観的な論証にあたっては、統計モデルの【交差検証 cross validation】が必要です。

これらの経験則は演繹で示した原理から導くことができず、論理が飛躍して誤っていますが、次に示す自然原理に従っているため、条件が整った場合には高い確率で真の結論を得ることができるのです。

【自然原理】

  • 斉一性 uniformity principle:自然法則はいつでもどこでも不変である

論証の評価

演繹論証では論証が適正であれば理論的に真の結論を得ることができ、帰納論証では論証が適正であれば蓋然的に真の結論を得ることができます。しかしながら、冒頭に述べた通り、前提の命題が真であり、推論が適正な場合にのみ、真の結論を得ることが保証されることになります(論証が適正でなくても真の結論が偶然得られることがあります)。

演繹論証の場合、推論が適正なことを【妥当 valid】、不適正なことを【不当 invalid】といい、推論が妥当かつ前提が真であることを【健全 sound】、それ以外を【不健全 unsound】と言います。

帰納論証の場合、推論が適正なことを【強 strong】、不適正なことを【弱 weak】といい、推論が妥当かつ前提が真であることを【説得的 cogent】、それ以外を【非説得的 uncogent】と言います。

つまり、演繹論証の場合には健全な論証、帰納論証の場合には説得的な論証が適正な論証であると言えます。

言論の検証とは「前提が真であること」「推論が適正であること」を検証することに他なりません。私たちを情報操作するマニピュレーターは、この部分を突いて私たちを騙そうとするのです。

事例

ここでは2つの論証の事例について分析してみたいと思います。まずは新型コロナに関する次の事例です。

<事例1>朝日新聞「行動制限なしなら42万人死亡」 2021/04/15

新型コロナウイルスについて、厚生労働省のクラスター対策班に参加する北海道大学の西浦博教授(理論疫学)は15日、不要不急の外出自粛などの行動制限をまったくとらなかった場合は、流行収束までに国内で約42万人が感染によって死亡するとの見方を示した。現在、緊急事態宣言が出ている地域などを中心にとられている行動制限によって、どの程度死者数を減らせるか試算中という。

1人の感染者が新たに2.5人の感染者を生むと想定。行動制限をまったくとらなければ、約85万人が重篤化して人工呼吸器が必要になると試算した。死者数は、中国で報告されている重篤患者の致死率49%をあてはめることで算出できるという。

対策班をまとめる西浦さんは、人と人との接触を8割減らすことで感染者数を急速に減らせ、結果として重篤者や死者の数も減らせるとしている。

残念ながら、後にも先にも、これくらい現実と乖離した予測結果は見当たりません。どこに問題があったのでしょうか。この予測結果は次の論証による結論です。

  • 大前提:SIRモデルによって感染症の流行曲線を再現できる
  • 小前提:1人の感染者が2.5人の感染者を生む(基本再生産数=2.5)
  • 結 論:85万人が重篤化して42万人が死ぬ

これは、SIRモデルという微分方程式で感染者数の時間変動を算出できることを大前提に、基本再生産数=2.5であることを小前提にした演繹推論で重篤者が85万人出るという結論(致死率49%から死亡者42万人を算出)を得たものです。

このときの流行曲線(報告ベース)は次の図に示す通りです。

この論証の致命的な問題点は、基本再生産数=2.5という小前提が現実と大きく乖離した過大な値であることです。そもそもこの予測を発表した4月15日の段階で報告ベースの陽性者数はピークアウトしていて実効再生産数は1を下回っています。陽性者数は、その発症よりも2週間遅れて報告されることを考えれば、既に感染は3月末の段階でピークアウトしていたことになります。緊急事態宣言が発令されたのは4月7日なので、まったく人流を減らさなくても感染が自然減していたことが4月15日の段階でわかっていたはずです。

つまり、4月15日の発表は、感染が自然減して実効再生産数が概ね1であることを把握可能な状況でありながら、 基本再生産数=2.5という極度に高い値を設定するとともに、人流を8割減らさないと42万人が死ぬという科学的にあり得ない過剰な結論を自信満々に公表したのです。しかも人流を減らしていないのに自然減しているということは、大前提であるSIRモデル自体が妥当なモデルではないことを意味しています。つまり、この論証は、大前提も小前提も真ではないので不健全な論証であると言えます。

それでは何をすればよかったのでしょうか。答えは明白で、それは帰納論証です。

未知の感染症である新型コロナの場合、当初はまったく科学的データが得られていなかったため、経験則を定めることはできませんでしたが、少なくとも4月15日の段階では明瞭な感染のピークアウトを観測でき、1に近い実効再生産数(あるいは前週比)を算出できたはずです。つまり、この段階で人流の制御は感染曲線のマクロな挙動には影響を与えないことが経験的に判明し、次のような直接推論を行うことができたはずです。

  • 前提:感染は人流と無関係に自然減した
  • 結論:8割削減の目標は無意味である

しかしながら、専門家会議、そして組織再編後の分科会は、その後も人流の抑制(特に飲食店への人流の抑制)が最も重要な感染対策であると主張し、2回目および3回目の緊急事態宣言を発令するに至りました。極めて残念なことに、2回目および3回目の緊急事態宣言においても、宣言前から感染の自然減が認められており、帰納論証がまったく機能しなかったことがわかります。

いくら失敗しても、いくらデータが得られても、実効再生産数を固定した演繹推論を継続している状況[西浦氏試算]は、本当に絶望的であると考えます。

もう一つ非論理的な演繹論証の事例を示しておきます。

<事例2>日本経済新聞「あなたのための政治」2020年11月10日
立憲民主党は10日、新しいポスターを発表した。枝野幸男代表の写真を背景に「あなたのための政治。」と記した。蓮舫代表代行は記者会見で「立憲民主党は何をする政党かを一言で届けることにこだわった」と述べた。

立憲民主党のスローガンといえば、この日に発表した「あなたのための政治」と意味不明な「立憲民主党はあなたです」が有名です。この2つのスローガンから蓮舫代表代行が述べた「立憲民主党が何をする政党か」を演繹論証すると次の結論が得られます。

  • 大前提:あなたのための政治
  • 小前提:立憲民主党はあなたです
  • 結 論:立憲民主党のための政治

論理性を持たないと、こういうおバカな結論を得ることになります。気をつけましょうね。まぁ、正直言ってこの結論は普遍的に真かもしれませんけど(笑)

最後にこのエントリーの最重要ポイントをまとめておきます。

  • 演繹論証とは、理論から導いた理論則を論拠(大前提)にして論点(小前提)から普遍的な結論を導くものであり、真の前提から正しく導かれた結論は例外なく真となる
  • 帰納論証とは、実験から導いた経験則を論拠(大前提)にして論点(小前提)から蓋然的な結論を導くものであり、真の前提から正しく導かれた結論は例外はあるものの概ね真となる
  • 言論の検証とは「前提が真であること」「推論が適正であること」を検証すること

さて、命題論理や述語論理といった論理学の教科書に載っているような「ガチの知識」については、ずっと後に出てくる「形式的誤謬」というテーマで説明したいと思います。論理学的に間違った論理に騙される人は実はそう多くありません。マニピュレーターが使うのは、論理学の教科書にあまり載っていない「非形式的誤謬」です。

次回はその類型について系統的に示したいと思います。今回最後に示したポイントがとても重要になります。

☆★☆★☆★☆★
公式サイト:藤原かずえのメディア・リテラシー