ロナウド、「水」で乾杯だ

ポルトガルのクリスティアーノ・ロナウド選手(36)は自分の体を資本と見て、健康維持に真剣に取り組んでいるプロのスポーツマンとして評価されてきた。自分の家に畑を作り、そこで野菜を栽培している。多くのスター選手が体に入れ墨をするが、彼はしない。その理由は、「入れ墨をすると献血が出来なくなるからね」と説明している。ロナウドは定期的に献血をしている。神から与えられた体を大切にするという。また、彼ほどファンを大切にする選手は今のサッカー界にはいない(「入れ墨のないC・ロナウドの『話』」2018年7月23日参考)。

 

▲ユベントスのユニフォームを見せるロナウド(ユベントスの公式サイトから)

そのロナウド(現在はイタリアのセリエAのユベントスFC所属)は14日、サッカー欧州選手権でハンガリー戦前の記者会見に臨んだ。テーブルにはコカ・コーラ2本とミネラルウオーターのボトルが置いてあった。ロナウドはちらっとコーラを見ると、そのボトルを脇にどけ、ミネラルウォーターを取って挙げて見せた。この行為の中には多くのメッセージが含まれていた。ロイター通信はそのシーンを動画で報じている。

ロナウドは「コーラは健康に良くない」と知っているから、コーラを絶対に飲まない、飲むのはミネラルウォーターだけだ。記者会見前のロナウドのメッセージが世界に発信されると、コカ・コーラ社の株価は1.6%下落したという。スーパースターのロナウドは健康のためにコーラではなく、ミネラルウォーターを飲むように勧めたのだ。コカ・コーラ社にとって最高の舞台で最悪の宣伝となったわけだ。

そして、忘れてならない点は、コカ・コーラはサッカー欧州選手権の主要スポンサーの一社という事だ。そのスポンサーが記者会見の会場に置いたコーラを横にして、ミネラルウォーターを勧めたのだ。きっとサッカー欧州選手権の主催者「欧州サッカー連盟(UEFA)」はロナウドの行動に不快感を覚えただろう。ひょっとしたら、制裁を科すかもしれないが、これまでのところロナウドが制裁を受けたとか、罰金を科せられたとは聞かない。ロナウドは何も間違ったことを言ったわけではない。健康のためには砂糖が多く入ったコーラではなく、水がいいよ、といったメッセージを伝えただけだ。

世界的ベストセラー『サピエンス全史』の著者、イスラエルの歴史家、ユバル・ノア・ハラリ氏(Yuval Noah Harari)は独週刊誌シュピーゲルとのインタビューの中で、「人類はこれまで飢え、戦争、病気といった3つの人類の敵を克服してきた。紛争や飢餓は依然あるが、人類歴史上はじめて、飢えで死ぬ人より肥満が原因で死ぬ人間の方が多い。過去の人類史では見られなかった状況だ。2010年、世界で300万人が肥満による様々な病気で死去したが、その数は飢え、戦争、紛争、テロで亡くなった数より圧倒的に多い。欧米人にとって、コカ・コーラはアルカイダより脅威だ」と述べている。

ロナウドはハラリ氏の発言内容をよく知っているのかもしれない。現代人にとって、コーラはテロリストより怖い敵となってきたのだ。その意味でロナウドは正しい。そのロナウドに対し、UEFAがスポンサーを失いたくないために、ロナウドを処罰したり、罰金を取れば、世界から批判が飛び出すだろう。

サッカー欧州選手権と同時期、ブラジルで南米サッカーの祭典「コパ・アメリカ2021(南米選手権)」が開催中だが、同選手権関係者から53人が新型コロナウイルスのPCR検査で陽性者が出たという。そのうち33人は選手やコーチなど選手団から出ており、南米サッカー連盟(CONMEBOL)が急遽、選手の入れ替え枠を拡大するなど対応に追われたという。

ボリビア代表FWのマルセロ・マルティンス選手は15日、深刻な感染状況の中で大会開催を強行したとして南米サッカー連盟を批判し、自身のインスタグラムで「南米サッカー連盟よ、あなた方にとっては金が全てで、選手の命などどうでもよいことなのだ」などと発信した。それに対して、南米サッカー連盟は同選手に制裁を検討中という外電が流れた。南米のサッカー界にもロナウドのように健康を重視する選手がいるのだ。

欧州サッカー連盟も南米サッカー連盟も巨額な金が動く選手権の開催成功を重視、スポンサーを大切にする。その一方、プロの選手の中には、ロナウドのように健康を重視し、スポンサーの意向に振り回されることを嫌う選手も出てきたのだ。

12日、コペンハーゲンで開催されたデンマーク対フィンランド戦の前半43分、デンマークのスター選手、MFのクリスチャン・エリクセン選手(29)が敵陣で味方からスローインを受ける直前、意識を失い、倒れた。エリクセン選手は動かない。事態の急変を感じた選手たちが直ぐに医者を呼んだ。ピッチに駆け付けた医療救援チームは約20分余り、心臓マッサージなど心肺蘇生(CPR)に取り組んだ。選手は心臓発作で意識を失ったのだ。幸い、病院に搬送された同選手の容態は回復した。健康で強靭な体力を誇るサッカー選手も、いつ心臓発作になるか分からないのだ。過酷なトレーニングとスケジュールに振り回されるプロの選手にとってエリクセン選手の出来事は他人事ではない(「東京五輪選手の健康管理に万全を」2021年6月14日参考)。

記者会見のロナウドはカメラの正面に向かいながら少し笑みをみせ、テーブルの上にあった2本のコーラのボトルを画面に入らない離れた場所に素早く移した。このちょっとした行動は世界に大きなメッセージを発信することになったわけだ。さすがにロナウドだ。君は本物のスポーツ選手だ。「水」で乾杯だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年6月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。