グテーレス再任は避けるべきだった

今更反対しても遅すぎるかもしれないが、やはり記録するために書いておく。アント二オ・グテーレス国連事務総長の2期目再任はやはり避けるべきだった。国連が世界の紛争解決で重要な役割を果たすためには、ポルトガル出身の現在のグテーレス氏では難しいからだ。

再任されたグテーレス国連事務総長(国連広報センター公式サイトから)

国連は6月18日、総会でグテーレス事務総長の再任を全会一致で採択した。同事務総長は来年1月から5年間、2期目の任期を始める。グテーレス事務総長のこれまでのキャリアは全く不足がない。1995年から7年間ポルトガル首相を務めた後、2005年から2期、10年間国連難民高等弁務官(UNHCR)を務めている。政治家、外交官のキャリアでは申し分ない。問題は、国連を21世紀の世界情勢にマッチする機関として改革するには余りにもその言動が外交的過ぎるのだ。もう少し厳密に言えば、信念がなく、強い側の味方であり続けてきたからだ。

グテーレス氏はこれまで再任に集中してきた。国連安保常任理事国の顔色をうかがい、対立を避け、妥協し、必要ならば沈黙する姿勢を貫いてきた。中国武漢発の新型コロナウイルスの感染でも指導力を発揮できず、中国の少数民族ウイグル人への人権弾圧政策でもはっきりとした批判を避けてきた。米国が「ジェノサイド」と早々と糾弾している中、グテーレス氏は具体的な対応に乗り出さなかった。これでは世界の平和実現を目指す国連憲章が泣く。

もちろん、理由はある。国連事務総長の再任問題は5カ国の安保理常任理事国の手にあるからだ。米国、英国、フランス、そしてロシアと中国の5カ国の一国でも再任に反対したならば、グテーレス氏の夢は実現されない。事務総長選では「国連初の女性国連事務総長」といった声があったし、アルテアガ・エクアドル元大統領らが立候補の意思を表明したが、5カ国の常任理事国から支持を得ることが出来なかった。

グテーレス事務総長だけではない。誰が国連事務総長であっても同じかもしれない。中国に対してだけではない。世界最強国・米国の意向に正面から反対すれば、再選どころではなくなる。グテーレス氏の優柔不断な言動は国連機関の組織自体がそのように運営、機能しているからだ。国連が真の解決能力を有するためには国連安保理改革が急務という主張はその意味で正論だ。

グテーレス氏の場合、中国の再任支持を得るために中国の人権弾圧問題に目をつぶってきた。グテーレス事務総長の1期目に新型コロナウイルスのパンデミックが生じ、中国の少数民族ウイグル人への人権弾圧が表面化した。米国ではトランプ前政権が中国の人権弾圧を厳しく批判してきた。そのような中、グテーレス事務総長は中国の人権問題で何のイニシアティブもとらなかった。それだけではない。批判的なジャーナリストや外交官を巧みに疎外させてきた。グテーレス氏の言動は「全て再任されるためだ」と、ニューヨークの国連本部では皮肉で言われたほどだ。ちなみに、中国の習近平国家主席はグテーレス氏の再選に祝電を送り、「客観的で公正な立場で多国間主義を断固守ることを期待する」と述べている。

ここで指摘せざるを得ない事実は、ジュネーブに拠点を置く国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)の高官が中国側の要請を受け、国連人権理事会に参加する反体制派代表の名前、住所などを提供していたことが今年に入って再び明らかになったことだ。その結果、反体制派活動家は中国共産党政権の監視下に置かれ、中国にいる家族、親族が逮捕されたり、刑務所送りになっているという。

グテーレス氏はジュネーブで10年間、国連難民高等弁務官だったから、ジュネーブの国連欧州本部には精通しているだろう。在ジュネーブ国際機関の中国政府代表部の外交が如何なるものか知っているはずだ。中国共産党政権は自国を批判する反体制派関係者を監視し、必要な時、物理的な対応も辞さないのだ(「世界で恥を広げる中国の『戦狼外交』」2020年10月22日参考)。

海外中国反体制派メディア「大紀元」によると、OHCHRの職員高官は在ジュネーブ国際機関の中国政府全権大使館の強い要請を受けて、会合に参加する反体制派活動家の名前、住所などを教えたという。中国共産党政権の横暴について最初に告発したのは国連人権高等弁務官事務所職員だったエマ・ライリー(Emma reilly)氏だ。ライリー氏は「国連高官の行為は犯罪であり、ジェノサイドの共犯者だ」と非難している。彼女は2019年10月、OHCHR高官の中国側への情報提供を既に指摘してきた。そのため、ポストを失っている。

新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル人は中国56民族の中の一民族だが、中国共産党政権から激しい同化政策を強要され、若い女性たちは避妊手術を受けさせられ、子供が生まれないようにさせられている。民族抹殺政策が21世紀の今日、中国共産党政権下で堂々と行われているのだ。海外中国メディア「大紀元」のインタビューの中で、ライリー氏は、「国連人権高官は、中国の代理人と密接な関係にあるだけでなく、意図的に国連加盟国や各国のメディアをミスリードしている」と証言している。

OHCHR高官が中国共産党政権からどのような報酬を受けていたかは知らない。中国側の「甘い汁」には金銭、高級品、贅沢な接待(ハニートラップ)などがある。その禁断の実の味を知ると、それを忘れることができなくなるから、最終的には中国共産党の言いなりになってしまう。そして立派なパンダハガー(親中派)となっていく。

中国共産党政権は海外ハイレベル人材招致プログラムの「千人計画」を推進中であることは周知の事実だ。OHCHRの高官がそうだったとは断言できないが、関係者に生命の危険さえもたらす情報を中国側に与えたのだ。ライリー女史の指摘に対し、グテーレス氏はこれまで沈黙している。国連本部関係者から同女史への嫌がらせが行われている、といった具合だ。

国連加盟国はグテーレス事務総長にあらたに5年間の任期を与えた。無い物ねだりといわれるかもしれないが、常任理事国の顔色を伺うだけの事務総長ではなく、問題解決のために5カ国に対しても強く助言できる事務総長を探すべきだったのだ。

グテーレス国連事務総長は2016年12月12日の1期目の就任演説の中で、「紛争防止とその根本的原因を取り除くことを重視しなければならない。防止は新しい概念ではない。それは国連の創始者たちがわれわれに求めていることである。それは人々の命を救い、人間の苦しみを取り除く最善の方法である」と述べている。グテーレス事務総長は1期目の就任演説を思い出し、中国の人権弾圧についてはっきりと「ノー」といえる国連指導者になってほしいものだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年6月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。