独は米国の「最高の友人」となれるか

ブリンケン米国務長官は23日、ベルリンを訪問し、メルケル独首相と会談後、共同記者会見で「米国にとって世界でドイツ以上の同盟国、友人はいない」と述べ、欧州連合(EU)の盟主ドイツに最大級のエールを送った。外交辞令の面もあるが、世界大国の米国から「米国にとって最高の友人」と言われれば満更ではないはずだ。ブリンケン国務長官がアルプスの小国オーストリアを訪問し、クルツ首相との記者会見で、「米国にとって世界でオーストリア以上の同盟国、友人はいない」と語る事は考えられないから、「友人」と呼ばれたドイツ政府関係者は素直に喜ぶべきかもしれない。

ブリンケン米国務長官と会談するメルケル独首相(2021年6月23日、ベルリンで、独首相府公式サイトから)

ただし、「友人」関係となれば、相手が窮地の時、救いの手を差し伸べなけれならない義務がある。同時に、相手の意向を無視できなくなる。具体的には、米国はドイツに対し、「その国力に相応しい軍事費を支払うべきだ」と要求してきた。北大西洋条約機構(NATO)加盟国は2014年、軍事支出では国内総生産(GDP)比で2%を超えることを目標としたが、それをクリアしているのは現在、米国の3.5%を筆頭に、ギリシャ2.27%、エストニア2.14%、英国2.10%だけ。ドイツの場合、防衛費は年々増加しているが、2019年はGDP比で1.38%に留まっている。駐独米軍の縮小も米国側のドイツへの不満が溜まっていたからだ。

米国のドイツへの願いはまだある。ドイツと中国との関係の見直しだ。メルケル首相は過去15年間で12回、訪中し、中国共産党政権とは欧米諸国の首脳の中では特別の友好関係を構築してきた。旧東独出身のメルケル首相には、中国共産党政権の人権弾圧政策も中国と積極的に関与していく中で、北京は変わっていくという信念に基づく「関与政策」があるからだ。その意味で、メルケル首相はトランプ大統領の対中政策とはこれまで一線を画してきた経緯がある。

バイデン米政権の対中政策は現時点でトランプ前政権のそれを継承している。中国共産党政権の少数民族ウイグル人、チベット人、法輪功信者たちへの人権弾圧、宗教弾圧問題から、武漢発の新型コロナウイルスの発生源調査問題まで、バイデン政権は中国共産党政権を厳しく批判している。それに対し、メルケル首相は訪中する度にドイツ経済界の大使節団を引き連れ、北京との商談に積極的に関与してきた。ドイツにとって中国は最も重要な貿易相手国となっている。

EUは昨年12月30日、中国との間で「EU中国投資包括協定」(CAI)を合意したが、欧州議会の強い抵抗があって、同協定の批准作業は凍結されている。同協定はEUと中国間の協定だが、中国はドイツがEU議長国である昨年下半期中に合意を願ってきた。それを支援したのはメルケル首相だった。

幸いと言うべきか、ドイツでも対中国政策の見直しを求める声が広がってきた。政界からではない。経済界から対中経済関係の見直しを求める声が聞かれ出したのだ。ロイター通信によると、独産業連盟(BDI)のルスブルム会長は22日、中国共産党政権の人権政策で問題があると判断すれば、対立をおそれず議論すべきだと主張、「覇権主義的な貿易相手国にどのように対処するか、われわれは率直な議論が必要だ」とし「レッドラインを越えたときは、対決をためらうべきではない。普遍的な人権は『内政問題』ではない」と述べている。

この発言はメルケル首相ではなく、BDI会長の主張だが、経済界のボスがメルケル政権の対中政策の見直しを要求したという点で画期的なことと評価すべきだろう。BDI会長の22日の発言内容を聞いたうえで、ブリンケン国務長官は翌23日の記者会見で「米国の最大の友人」とドイツを持ち上がたのかもしれない。

メルケル首相は9月の連邦議会(下院)の選挙後、選挙結果とは関係なく政界から引退することを表明してきた。だから、今後の米独関係を考える時、ポスト・メルケル政権の政策が問われてくる。メルケル首相にはこのコラム欄で「メルケルさん!『立つ鳥跡を濁さず』」2021年1月29日参考)の記事の中で指摘した。真の米独関係はポスト・メルケル政権から始まる。

懸念材料は誰がメルケル首相の後継者となるかだ。複数の世論調査によると、メルケル首相の与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)のアルミン・ラシェット党首が現時点では最も次期首相に近い候補者だ。同党首はドイツの最大州ノルトライン・ウエストファーレン州(NRW)首相時代、メルケル首相と同様、親中政策を推進し、中国との貿易関係を重視してきた政治家だ。

NRWの場合は、同州と中国企業との関係は鮮明だ。中国は2015年、同州の州都デュッセルドルフに総領事部を開いている。デュッセルドルフは新型肺炎の発生地武漢市とは姉妹都市関係を締結している。「日本人村」と呼ばれたデュッセルドルフには約400社の日本企業が拠点を置いているが、同市には日本より多い610社の中国企業が進出している。海外中国メディア「大紀元」によれば、「NRW州全体では、約1100社の中国企業が進出し、総従業員数1万人が駐在している」という。ラシェット党首は州時代、中国の『一帯一路』に対して積極的に応じてきた指導者だった(「『武漢肺炎』と独伊『感染自治体』の関係」2020年3月20日参考)。

ブリンケン国務長官はメルケル首相に「ドイツは米国の最大の友人」と語ったが、エールを送るべき相手が間違っている。米国務長官のエールは9月の連邦議会選後のポスト・メルケル政権発足時まで懐にしまっておくべきだったのではないか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年6月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。