ホモフォビアを刑法で罰すべきか

世界に13億人以上の信者を抱えるローマ・カトリック教会の総本山、ローマ法王庁があるイタリアで目下、同性愛者など性的少数派(LGBTQI)の権利を侵害した場合、刑法で罰することを明記した法案が審議されている。同法は提案者の名前をとってLegge Zanと呼ばれるもので、ホモ、バイ、インターセクシュアルの人を差別した場合、刑法に基づき処罰される“アンチ・ホモフォビア法”だ。

ドラギ首相とフランシスコ教皇

ローマでホモフォビアに抗議するデモ (バチカンニュースから、2021年6月25日)

ハンガリー国民議会で今月15日、未成年者への同性愛などの性的少数派に関連した情報、宣伝などの活動を制限する法改正が可決されたばかりだが、イタリアでは逆に、ホモフォビアに対し法で罰するというものだ。イタリアでは昨年11月、下院で同法案が採択された後、上院で審議中だ。ただし、政府内ばかりか、ローマ・カトリック教会からも反対の声が上がるなど、法案の行方はまだ定かではない。

ところで、バチカンのナンバー2、ピエトロ・パロリン国務長官が口頭でイタリア議会で審議中のアンチ・ホモフォビア法に対して保留する考えを表明したことから、イタリアのドラギ政府や教会内外で大きな波紋を呼んでいる。

パロリン国務長官は、「バチカンの口頭の意思表明は公表を目的としたものではない。バチカンはアンチ・フォビア法を妨害する考えはない。議会の政治家に慎重に審議してほしいというバチカン側の願いを伝えただけだ」とバチカンニュースとの会見で述べ、イタリア政府の過剰な反応に驚きを見せている。

イタリアのローマ・カトリック教会司教会議は既に同法案について、「法案が曖昧に明記されているため、解釈が難しいケースが出てくる。特に、差別という表現が正確に定義されていないから、男性と女性の性差を示唆する言動が即罰せられるという事態が考えられる」と指摘し、慎重な対応を求めている。

パロリン長官は、「バチカンの立場は司教会議と同様だ」と述べ、「バチカンは性的指向ゆえにその人間に対して非寛容であったり、憎悪することには強く拒否する。その上、イタリアは世俗国家だから独自の法を施行する権利がある」と述べている。ちなみに、マリオ・ドラギ首相は、「わが国は世俗国家であり、宗派国家ではない」と議会で述べ、波紋を呼んだばかりだ。

パロリン長官の口頭発言の内容は、「イタリア議会が審議中の法案は1984年のバチカンとイタリア間で締結した政教条約に反する」という意味にも受け取れる。具体的には「カトリック教会の自由の権利が損なわれる危険性が内包されている」という解釈だ。

カトリック教会では婚姻は男性と女性間を意味するが、「教会の婚姻、家庭観はそれだけで犯罪化される危険性が出てくる」と懸念する声も聞かれる。また、カトリック系私立学校ではホモフォビアに反対するナショナルデーで性的少数派運動のシンボル、レインボーカラーの旗を掲げる義務が出てくる、といった事態が予想されるわけだ。

イタリア教会司教会議議長のガルティエロ・バセッティ枢機卿は日刊紙コリエーレ・デラ・セラで、「法案のジェンダー・アイデンティティへの法執行はカトリック教会の視点では受け入れることはできない。なぜならば、男性と女性といった生物学的性差という事実を無視しているからだ。その上、性差による差別は既に現行の刑法で対応されている。新しい法を施行する必要はない」と主張し、法案を「人類学的な混乱をもたらすだけだ」と強調している。

ドラギ政権内でもアンチ・ホモフォビア法案について意見の相違が表面化している。同法案は中道左派「民主党」(PD)が昨年11月に提出したもので、PDと左派ポピュリズム政党「五つ星運動」の支持を受ける一方、マッテオ・サルヴィー二氏が率いる右派「同盟」やベルルスコーニ元首相の「フォルツァ・イタリア」は反対している、といった具合だ。

興味深い点は、東欧のハンガリーで未成年者の保護という名目で性的少数派の言動の制限に乗り出そうとしている一方、カトリック教会の総本山があるイタリアで性的少数派の権利擁護という視点から、性的少数派を差別したり、中傷誹謗した人を刑法で罰するアンチ・ホモフォビア法案が審議されているわけだ。ハンガリーもイタリアも共に欧州連合(EU)の加盟国だ。同時に、両国ともローマ・カトリック教会が主要宗派だ。性的少数派問題ではEU内に統一した見解がないばかりか、対立しているのだ。

民主主義では社会の多数派が政策や路線を決めていくが、性的少数派問題では多数派は沈黙し、少数派の声だけが傾聴されてきた。その結果、少数派はあたかも多数派のように受け取られ、ジェンダー問題で指導権を奪っていった。多数派は、寛容、連帯、多様性といった響きのいい言葉に酔いしれず、今こそ少数派と議論を交わすべきだ。ハンガリー政府関係者は性的少数派が拡大する欧米社会を「デカダンス文化」と述べていた。性的少数派問題では沈黙は決して金ではない(「EU委員長の『欧州の恥』発言に失望」2021年6月26日、「オスカー・ワイルドは何と答えるか」2021年6月18日参考)。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年6月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。