グローバル・インテリジェンス・ユニット チーフ・アナリスト 原田 大靖
来たる2022年度より高等学校で「新学習指導要領」が実施される。ほぼ10年ごとに改訂されてきた「学習指導要領」だが、今回は「戦後最大の改革」ともいわれている。その主なポイントは以下のとおりである(参考)。
・地理歴史科において「日本史A」と「世界史A」を融合した「歴史総合」を新設
・公民科で「現代社会」を廃止し、法律・経済などを重視する「公共」を新設
・新教科として、データ分析や成果を取りまとめ発信を行う「理数」を新設
・情報科で「情報Ⅰ」を新設・必修化し、プログラミング学習を行う
・家庭科で投資信託に関する授業を導入
以上のように、各教科・科目のフレームワークが再編される点に注目が集まっているが、当然、学習内容の面でも大きな変化がある。とくに「金融教育」という点に着目すると、これを扱う公民科・家庭科において、以下のような新たな取り組みが始まる:
まず公民科「公共」では、従来の「現代社会」でも扱っていた金利の働きや金融機関の役割、金融政策に加え、仮想通貨、様々な金融商品を活用した資産運用にともなうリスクとリターン、株式や社債の発行による資金調達、企業会計なども扱うとしている(参考)。
例えば、「起業のための資金はどのようにすれば確保できるか」などといったテーマで授業を展開する場合、資金調達の手段として、金融機関からの借入れだけでなく、株式や債券の発行、ベンチャーキャピタルからの出資受け入れ,さらにはインターネット等を通じて少額の資金を多くの人から集めるクラウドファンディングといった方法があることから、これら金融に関する具体的な知識が求められるようになるのではないか。さらに、「起業後の事業拡大」となると、株式上場(IPO)により効率的かつ大規模に資金を調達することができ、そのためには会社はその財務内容が証券取引所で定める一定の基準を満たす必要があることにも触れることにもなるため、企業会計に対する知識・理解も必要となってくるのではないか(参考)。
さらに家庭科では「資産形成」の視点が盛り込まれるようになる。高校を卒業して久しいという方には、家庭科といえば裁縫や調理実習がメインで、金融など扱っていたかと思うかもしれないが、現行でも家庭科では「お金の授業」が展開されている。ただ現行では「無駄使いをしない」「騙されない」といった「消費者視点」での内容がメインであったのに対し、今後は株式や債券、投資信託など基本的な金融商品のメリット・デメリットをおさえた上で、人生100年時代を迎えるにあたっていかなる資産形成が必要となるかを、「投資家視点」から扱われることとなる。
しかし、実際のところ金融に関する専門知識がない先生も多いのではという指摘もあり(参考)、都内の私立高校の教諭は「(資産形成の教育は)必要だとは思うが……」と困惑気味。地方の公立高校の教諭も「授業ではほとんど触れないだろう」と消極的だという(参考)。金融庁は、職員を学校に派遣して生徒に「出前授業」を行うほか、教師を対象にしたセミナーの実施でサポートするというが、限られた時間の中で「実際に役立つ」授業を展開するのは確かに一朝一夕にはいかないだろう。
しかし、「視点の転換」をポイントに据えることで、あるいはこれまで行われてきた「低空飛行」とでも言うべき金融教育を打破し、新たなフェーズへと移行できるのではないだろうか。すなわち、欧米と比べるとほとんど金融教育が行われてこなかった我が国であるが、その最大の要因は、教える内容でも教える側の専門性でもなく、金融に対する誤った視点の醸成にあるのではないか。「お金儲けの話をすることは好ましくない」という風潮がベースとなり、株や投資信託といった話は「一部の金持ちが行うこと」という考えに至る中で、消費者教育というレヴェル感での金融教育が展開されているのである。
何も「拝金主義」を教え込むべきというわけではない。これまでの学校における金融教育でも、サラ金や詐欺といった消費者問題に対する防衛力は備えることはできたであろう。しかし、「人生100年時代」「老後資金2,000万円問題」に備えるには、これまでの防衛策だけでは足りず、積極的な先制措置(pre-emptive action)が必要となる。いかに、そうした時代状況の変化を若い世代に伝えることができるかがポイントになろう。
■
原田 大靖
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科(知的財産戦略専攻)修了。(公財)日本国際フォーラムにて専任研究員として勤務。(学法)川村学園川村中学校・高等学校にて教鞭もとる。2021年4月より現職。