英国人動物学者ピーター・ダザック氏(Peter Daszak)は、国連がスポンサーとなって国際医学誌「ランセット」が昨年7月9日創設した「COVID-19委員会」のメンバーから解任された。英紙デイリーメール(6月21日付)が報じた。「新型コロナウイルスの武漢ウイルス研究所(WIV)流出説」を「陰謀」と一蹴してきたダザック氏の解任ニュースはコロナウイルスの発生源調査に少なからず影響を与えることは必至だ。
ダザック氏は英国人動物学者で、ニューヨークに居住し、米国の非営利組織、エコ・ヘルス・アライアンス(Eco Health Alliance)の会長を務めている。米国立衛生研究所(NIH)が2015年以降、コウモリ由来コロナウイルスの研究のために、エコ・ヘルス・アライアンスに370万ドルの助成金を提供してきたが、その一部が過去、「武漢ウイルス研究所」(WIV)に流れていたという。
同氏はまた、WIVと共同で20本以上の論文を発表するなど、両者は緊密な関係だ。ダザック氏が世界保健機関(WHO)の武漢現地調査団の中に加わっていたことが明らかになった時、「WHO調査団は客観的に調査ができない」、「研究所の視察は中国共産党政権のシナリオに乗って運ばれたもので、視察から新しい事実が見つかる可能性は最初からない」(「海外中国反体制メディア「大紀元」)という批判の声が聞かれたほどだ。ダザック氏は昨年2月、研究仲間と共に国際医学誌「ランセット」で声明を発表し、そこで新型コロナウイルスのWIV流出説を「陰謀」と主張してきた学者だ。
その懸念は当たっていた。中国武漢発の新型コロナウイルスの発生源を調査するWHOは2月9日、2週間の日程を終え、同調査団が武漢市で記者会見を開き、「新型コロナウイルスが中国科学院『武漢ウイルス研究所』から流失したという米国側の主張はその可能性がかなり低い」と指摘し、今後「冷凍食品からウイルスが人に感染した可能性」を調査する意向を明らかにした。
視察中のダザック氏は、「中国でコウモリの生息する洞窟を訪れて遺伝情報をさかのぼり、新型コロナの起源を調べる必要がある」と主張するなど、WIV流出説を否定する発言を繰り返してきた。同氏の発言は典型的な情報操作の可能性があった。調査対象を「武漢ウイルス研究所」から「コウモリの生育する洞窟」に向けさせる狙いがあったのではないか(「WHO『武漢現地調査』の成果は?」2021年2月13日参考)。
ちなみに、米下院エネルギー・商業委員会は今年4月、ダザック氏にWIVとの業務提携の内容など34項目の質問事項を明記した書簡を送ったが、ダザック氏は5月17日の返答期限までに何も答えていない。
ところでバイデン米大統領は5月26日、国家安全保障担当補佐官を通じて情報機関にコロナウイルスの発生源について90日以内に詳細な追加調査を報告するように指示を出したばかりだ。米情報機関が信頼性の高い機密情報を入手したのではないかと見られている。
米紙ウオール・ストリート・ジャーナルは5月23日、情報機関筋として「WIVの3人の研究者が昨年11月に体調不良で病院で治療を受けていた」と報じ、新型コロナウイルスが「武漢ウイルス研究所」から流出した可能性が高まってきていると報じた。トランプ政権時代、WIV流出説は憶測情報に過ぎないとして一蹴してきた米メディアもここにきて流出説に強い関心を注ぎだしている。
中国側が慌てだすのは当然だろう。そして今回、「ランセット誌」がダザック氏をCOVIDO-19調査委員会から解任したわけだ。同誌は解任の理由を明らかにしていないが、ダザック氏の「WIV流出説」否定論は信頼性がないと間接的に認知した結果か、同氏がWIVと余りにも深い関係で、客観的な調査が難しいと判断した結果かもしれない。
ダザック氏は過去、WIVで「バットウーマン(コウモリ女)」と呼ばれる同研究所の石正麗氏と共同研究をしている。同女史とは少なくとも15年前から研究を共にしてきたという。石正麗氏はWIV流出説を否定する中国側の主張擁護の最前線に立っているウイルス研究者だ。ダザック氏はWIVと共同研究し、1万6000匹のコウモリを捕獲して、WIVの冷凍庫に保管した」、「石正麗氏らはウイルスの機能獲得研究を通じてキラー・ウイルスを開発する研究をしてきた」とメディア関係者に漏らしたこともあるなど、同氏とWIVの関係は予想以上に緊密であることが明らかになっている。
ダザック氏の解任ニュースが流れた直後、ブル―ムバーグ電子版は6月28日、WIVで外国人として勤務していた唯一のウイルス学者オーストラリア人のダニエル・アンダーソン氏(Danielle Anderson)とインタビューしている。彼女は2019年11月までWIVで勤務していた。米情報機関が指摘した「3人の研究員が19年11月、新型コロナに感染して体調を崩した」という情報について、彼女は「聞いたことがない」と否定すると共に、新型コロナウイルスのWIV流出の可能性について、「否定はしないがその可能性は低い」と述べている。ダザック氏の主張を擁護する様な会見内容だ。ダザック氏解任とアンダーソン女史の発言内容から、両者に何らかの繋がりがあると受け取る人も出てくるかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年7月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。