ベネズエラ日刊紙が突き付けるマスコミの真の役割とは

ベネズエラ政府の干渉から新聞にする紙の提供を絶たれて発刊が中断させられていたエル・ナシオナル紙は政府の意向に反して8月から再び発刊が可能になった

独裁者の治政による国家というのは政権維持に不都合となるメディアを迫害しようとするのは常なること。南米ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領による独裁政権下ではこれまで政府に批判的なメディアは政府によって買収されるか、あるいは閉鎖を余儀なくさせられた。

その対象にされたのは新聞、テレビ、ラジオなどである。2004年から2020年までに200社以上の報道メディアが姿を消している。例えば、新聞だけに限定すると2017年から2019年までの僅か3年間に61紙が廃刊となった。

ベネズエラ エル・ナシオナル(El Nacional)紙より

ベネズエラの代表紙のひとつ「エル・ナシオナル(El Nacional)」も例外ではなかった。政府からの弾圧に耐えて新聞を発行していたが、政府の管理下にある新聞を印刷する紙を入手することができなくなって2018年4月14日をもって廃刊せざるを得なくなった。それ以後は電子紙として活動を続けていた。

1000人余りいた従業員も200人まで削減し、彼らの多くが外国に亡命して報道活動を継続している。社長のミゲル・エンリケ・オテロは現在スペインに亡命している。

ところが、独裁者マドゥロ大統領の政権下でマドゥロ氏以上に影響力をもっているとされているのが国民議会の議長ディオスダド・カベーリョ氏だ。彼は2015年にエル・ナシオナル紙を相手取って名誉棄損で訴えた。スペイン紙「ABC」がカベーリョ氏がベネズエラで軍人が中心になった麻薬組織のリーダーであると報道。その内容をエル・ナシオナル紙は自社の紙面に転載して報道した。

それに対してカベーリョ氏が名誉棄損だとして訴えて23万7000ペトロ(ドル換算で1300万ドル余り)を慰謝料として要求したのである。エル・ナシオナル紙は報道した内容は事実だとしてそれを支払う意向の無いことを表明していた。

カベーリョ氏が麻薬組織と関係しているというのは既に公然となっている事実だ。南米で最も盛んにコカインが生産されているコロンビアから米国に密輸されるのに最も利用されているルートがベネズエラを経由して送らるルートだ。これはチャベス前大統領の時から始まっていた。

ベネズエラでこの密輸を手助けする活動が次第に組織化されて一般に「カルテル・デ・ロス・ソレス(Cartel de los Soles)」と呼ばれるようになった。この頂点にいる人物がカベーリョ氏なのである。

カルテル・デ・ロス・ソレスは将軍を筆頭にした軍人の集まりで、彼らがベネズエラの港、空港並びに道路の要所要所をコントロールして麻薬の密輸を容易にしているということだ。その見返りとして送り主から軍人は報酬をもらっている。各管轄区間の将軍が得た報酬を定期的にカベーリョ氏に現金で渡している。それを受け取ったカベーリョ氏が将軍にその分担金を渡すというシステムだ。一般に受け取る分担金は50%が将軍、30%が士官、20%が下士官という割合になっているという。

ベネズエラの法廷もマドゥロ政権の意のままになっている。それを示すかのように、6月10日付のアルゼンチン電子紙「インフォバエ」でも報じられているが、カベーリョ氏によるエル・ナシオナル紙に対しての慰謝料の請求額が53万3250ペトロに上昇したのである。ドル換算にして3000万ドルである。このような高額はエル・ナシオナル紙では勿論支払うことなどできない金額で、また支払う意思もない。

そのような状況にある中で、エル・ナシオナル紙は6月14日、ジェネラルマネジャーホルヘ・マクリニオティス氏が8月3日に創設79周年を記念して印刷紙を刊行することを発表したのである。それ以後も購読者を募って宅配システムにて日刊紙として発刊することを明らかにした。社屋など差し押さえられている現在、彼らに協力する印刷会社で新聞紙にするそうだ。勿論、それがどの印刷会社であるかというのはマドゥロ政権による干渉を警戒して明らかにされてはいない。

購読料はひと月45.60ドル、8月の79周年を記念した発刊紙は10ドルとしている。しかし、この金額を支払える能力のある人は現在のベネズエラでは僅かであろう。

3年ほど発刊が中断されていたが、再び印刷した新聞紙を発刊することができるようになったことを記念して同社のジェネラルマネジャーは「疑いなく、これは前進しようとするベネズエラ人の信頼、期待、力そして能力があることへの証である。(我々の新聞社を)閉鎖させることができると思っていたようだが、できなかったし、今後もできないであろう。エル・ナシオナル紙は皆さん、そして読者の為に戦闘を続けて行く意向だ」とネットを使って表明した。(電子紙「エル・ナシオナル」(6月15日付)から引用)。