ワクチンへの不安に寄り添わねば、インフォデミックは止まらない

中田 智之

10代、20代の新型コロナワクチン接種について議論が紛糾しています。

若いほど接種後発熱する、妊娠に関してはどうかなど、高齢者に比較して若年者が感じる不安が大きいのは確かだと思います。

Boris Jovanovic/iStock

反ワクチン運動と言うのは世界中にありますが、いずれも人間の不安を煽ったうえで、ワクチン接種しないことを正当化するための様々な理由付けを吹き込むのは共通。

自己正当化が行き過ぎてより多くの人がワクチン非接種となるように、不確かな情報を拡散し、政府のワクチン接種事業を妨害しようとするのは、ひとえに人間のもつ弱さゆえかもしれません。

このような情報汚染をインフォデミックといい、WHOがその危険性を指摘しています。

全国で相次ぐプラグ抜け ワクチン冷蔵庫、廃棄原因に―ネットで呼び掛けも:時事ドットコム 

時事ドットコム

新型コロナで注目「インフォデミック」:情報の感染対策に遅れるな | アゴラ 言論プラットフォーム 

未知への不安は誰しもが多少は持つものです。

これは初めて知らない歯医者さんに行く場合にも感じるでしょうし、もっと言えばスポーツジムや、理容室に行くときですら感じるかもしれません。

医療従事者であれば不安を感じること自体は肯定し、気持ちに寄り添い、正しい情報を提供し、合理的な判断を促すのは常日頃より求められている態度だと思います。

まもなく始まる若年者への接種開始前に、いま最も不安視されているワクチン副作用は妊娠と出産に関するものです。

既に妊婦にワクチン接種した場合、低体重児出産や流産の発生率は接種しなかった場合と同程度だったことがわかっています。

また「不妊になる」「精子が減少する」などといった情報は、新しいワクチンが開発されるたびに繰り返されてきた論点です。

これはCOVID-19のスパイク蛋白の一つが、着床を補助するSyncytin-1と似ているという論拠に基づいていますが、既に反証され両者は似ておらず、Syncytin-1はウィルス抗体の影響を受けないことが分かっています

アメリカ国立衛生研究所の言葉を借りれば、もしCOVID-19のスパイク蛋白への後退が妊娠を妨げるのであれば、コロナ感染者は不妊になっているはずですが、そのような現象は見られていません。

また数万人が参加した疫学研究において、ワクチン接種後に妊娠する確率は、接種しなかった場合と同程度であることが明らかになっています。

以上からワクチンには不妊のリスクはなく、妊娠中の接種も妊娠初期を除き可能であることが説明できます。

【参考】Preliminary Findings of mRNA Covid-19 Vaccine Safety in Pregnant Persons | NEJM

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一方で長期研究(longitudinal study)は一般的に1~5年のことを指し、新型コロナワクチンに関しては長期的観察研究に基づく副反応の発見について論じることは不可能です。これまでも新薬で長期的に観察することで明らかになった副作用などは存在しました。

現時点ではアストラゼネカ製ワクチンにおける血栓症について検討が進んでおり、対応法などが確立されつつあります。

【参考】ワクチン接種後に血栓症が起きると聞いたのですが大丈夫でしょうか。|新型コロナワクチンQ&A|厚生労働省 

ワクチン接種後に血栓症が起きると聞いたのですが大丈夫でしょうか。|Q&A|新型コロナワクチンQ&A|厚生労働省
アストラゼネカ社のワクチンでは、稀に珍しいタイプの血栓症が起きるという報告がありますが、適切な診断・治療方法も報告されています。なお、ファイザー社やモデルナ社のmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンについては、現時点において、血栓症の発症との因果関係は明らかとされていません。

ツイッターなどで必死にワクチンに対する疑いを打ち消そうとする医師たちには、HPVワクチンに関する苦い記憶があります。

長期研究なども完遂し、高い安全性が確認されていたHPVワクチンはマスコミによる偏った報道が原因で、95~98年生まれで70%となっていた接種率が02年生まれ以降では1%以下と著しく低下。他の先進国では70%台が続いているので、日本だけが極端に低い接種率に。

それが原因で他国では予防できている20代女性の子宮頸がんによる死亡や、子宮摘出手術が日本では続いています。検診すれば良いという考え方もありますが、若年者にとって検診費用の負担は重く、ワクチンはより効果的な予防法と位置付けられています。

21歳、子宮頸がんで命を…HPVワクチン接種が遅れた日本で起きていること(及川 夕子) | FRaU 

21歳、子宮頸がんで命を…HPVワクチン接種が遅れた日本で起きていること(及川 夕子)
3月4日は「国際HPV啓発デー」。HPVとは、ヒトパピローマウイルスのこと。性交渉がある男女なら、誰でも感染する可能性があり、女性がかかる子宮頸がんの主な原因となっている。最近では、咽頭がんや肛門がん、陰茎がんなど、男性もかかるがんにも関わるウイルスであることがわかってきた。世界の多くの国では、女子への接種率が7 〜8...

この経緯から、一部の医師がワクチンに対する不安の訴えについて強く打ち消そうとするのは、HPVワクチンのように新型コロナワクチンを頓挫させたくないという強い想いがあるからと推察します。

しかしなんども繰り返し話題になるワクチンに関するインフォデミックは、一つずつ根気強く、共感の上での正確な情報提供を続ける必要があります。

ワクチン接種を迷っている方々は、どのような根拠を示して自説の正しさを訴えるかという説明の過程こそを見守っています。反ワクチン論者の挑発に乗り、声をあらげたり、侮辱したりするのは逆効果です。

もし相手から侮辱を受けたなら、それはハラスメントであることを指摘し、論点を本題に戻すか、直ちに会話を切り上げるのが、聴衆に不快感を与えない議論の進め方です。

インフォデミック(情報汚染)は不安という感情を入口(レセプター)として人に感染し、広がります。

そうであれば、科学的事実を示すだけではなく、どのような態度が受け入れられやすいか、不安な気持ちに寄り添う手法を取り入れた情報発信が必要ではないでしょうか。