ウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)理事会(理事国53カ国)第49会期が12日から開幕する。主要議題は2期の任期を終えて退任する李勇事務局長の後任選びだ。次期事務局長選には3人が立候補している。ドイツ経済協力・開発相のゲルト・ミュラー氏、南米ボリビア出身のUNIDOの幹部Bernardo Calzadilla Sarmiento氏、そしてエチオピア首相府特別顧問兼上級閣僚のArkebe Oqubay氏だ。前評判ではドイツのミュラー開発相が他の2人の候補者を押さえて欧州初のUNIDO事務局長に選出される可能性が濃厚だ。
そこでミュラー氏にスポットを当ててみた。本命のミュラー開発相はドイツ与党「キリスト教社会同盟」(CSU)の所属でメルケル政権の全面的支援を受け、次期事務局長の最有力候補として急浮上してきた。ミュラー開発相は2013年以来、経済協力・開発相を務めてきた開発分野の専門家だ。連邦農業省次官なども歴任している。1994年以来、連邦議会議員だ。同開発相の人付き合いの良さもあって支持者は多いが、UNIDO次期事務局長候補者に担ぎ出されて以来、メディアとのインタビューの機会が増えてきたこともあって、昔の失言が追及される事態も出てきた。
ミュラー開発相は2016年、モロッコで開催された国連主催の地球環境問題での会議で、「アフリカの男性は稼いだ金をアルコールと売春婦に浪費してしまう」と発言して、アフリカ男性ばかりか開発途上国から批判を受けたことがある。その開発相が今、アフリカ諸国を含む開発途上国の工業開発の国連機関トップに立候補しているというわけで、一部の加盟国はミュラー氏の昔の失言を取り出して、アフリカ諸国への民族的偏見を追及し、「ミュラー氏は民族主義者だ」といった批判が飛び出してきたわけだ。
ちなみに、同氏はその発言後、「表現は間違っていた」とすぐに謝罪し、当時、それで事は治まったが、5年後、その失言を思い出す人から同氏批判の材料に使われているわけである。失言が多いことで有名なバイデン米大統領は大統領選では過去の失言問題で何度もメディアから追及された。政治の表舞台に登場しようとする時、過去の失言は突然息を吹き返し、失言を発した政治家を苦しめるわけだ。
ミュラー開発相の面目躍如の発言もある。同相は今月、「ロシアはシリア北部にいる数百万人の難民への緊急支援をボイコットしている」と指摘し、「ロシアは対シリア難民への緊急支援輸送の妨害を中止すべきだ」と警告を発し、「緊急支援輸送はシリア難民の女性や子供たちにとって命の綱だ」とアピールしている。
国連主導の緊急物質の輸送トラックはトルコとシリア間の主要国境ルート、バブ・アルハワ(Babal Hawa)を通じてシリア反政府勢力が支配しているエリアへ運ばれてきたが、この緊急支援計画は国連安保理事会が延長を認めない限り、今月10日で終わる。ロシアのラブロフ外相は同計画の延期を拒否する旨をアントニオ・グテーレス事務総長に通達済みだ。ロシア側は「緊急物質が反体制派勢力の手に渡る恐れがある」という。ロシアが拒否権を行使する限り、緊急支援輸送計画はストップせざるを得ないわけだ。
国連専門機関のトップを狙う候補者は国連機関を牛耳る安保理の常任理事国を敵に回しては勝ち目がない。すなわち、当選できないことは誰も知っている。にもかかわらず、ミュラー氏はロシアの非人道的な行動に対してはっきりと警告したわけだ。その勇気は称えるべきだろう。幸い、次期事務局長を選出するUNIDO理事会では、安保理とは違い、53カ国の理事国から多数の支持票を獲得すれば当選できる。ロシアの反対票を恐れる必要はない。
少々蛇足だが、国連では5カ国の常任理事国(米英仏露中)の意向を無視しては何も決定できない。再任されたばかりのグテーレス事務総長のように、5カ国の常任理事国の顔色ばかり窺っていたら、何も改革はできなくなる。「投票する者は何も決められない。投票を集計する者が全てを決定するのだ」と語ったソ連共産党の独裁者ヨシフ・スターリンの有名な言葉を思い出す。国連機関は5カ国の常任理事国が最終的には全てを決めるフォーラムだ。そこで自身の信念にもとづいて決定していこうとすれば、困難に遭遇することは避けられない。ミュラー氏がUNIDO事務局長に就任すれば、遅かれ早かれ国連機関の現実と直面せざるを得ないだろう。
欧米諸国の主要国が次々と脱退していったUNIDOの未来は決して明るくない。李勇事務局長(元中国財務次官)が2013年6月、中国人初の事務局長としてUNIDOに乗り込んできたが、2期目に入ると「中国の、中国による、中国のための活動」に没頭してきた。2018年4月、中国メディアとのインタビューでは、「UNIDOは中国共産党と連携し、習近平国家主席が提唱した『一帯一路』プロジェクトを推進させてきた」と自負したほどだ。李勇事務局長は任期8年間で中国から多数の人材をコンサルタントという名義でUNIDOに雇い入れている。その中には経済スパイの任務を担った人間がいる。
誰が次期事務局長に選出されても、その任務は大変だ。ミュラー氏が当選したならば、日本は日独の連携を深め、ミュラー氏を支え、UNIDOの再活性化のために一層努力してほしい。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年7月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。