ポスト・パンデミックにおける中国経済の行方(ジャガンナート・パンダ)

マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー 
ジャガンナート・パンダ

新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界は医療能力と経済力維持の両面において身動きが取れなくなっている。しかし、中国は国内の経済成長が本来の姿を取り戻しつつあり、友好国や同盟国との協力も継続している。

中国の動機の1つには、自国が経済の低迷から如何に迅速に回復できるかを米国に見せつけることであったかも知れないが、北京政府が目標を達成したと判断することは、現実的には楽観的である。危機の最中に戦略的復元力を誇示することは、中国の対外政策の特徴である。このパンデミックによって、中国は当初はマスクや医療用ガウン、検査キットを通じて、その後は他の主要諸国が苦戦している間に国際援助やワクチンを通じた発展途上国支援によって、実質的な公共財の提供者としての役割を担う機会を手にした注1)

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世界第2位の経済大国としてのインド太平洋地域における中国の位置付けは、この地域にとって地経学的影響を有する。プラス成長を遂げた中国経済は、2020年には約15兆4,200億ドル(約1,705兆円)を超える成長を見せ、パンデミック後の目覚ましい経済成長を知らしめる唯一の経済大国となった注2)。直近では、2021年の第1四半期に18.3%という記録的なGDP成長率を見せ、年間成長率では1993年以来最高の数字となっている注3)

特にポスト・パンデミックの迅速な経済回復が世界中の指導者にとって第一目標である中、このような数値は、世界秩序において益々重要性が高まる中国の存在意義を示すものである。ポスト・パンデミックにおける中国の主要経済戦略とは何であろうか。また、それらは中国経済を世界とどのように関与させるのであろうか。

パンデミックの諸課題にも拘わらず中国は目覚ましい成長を遂げている一方で、批判的なレンズを通してこれを考察することは不可欠であり、また独立した検証が行われるまでその真実に疑問を投げかけるためにも有効である。しかし、困難な状況に直面している他国を中国が助けることは初めてではない。中国経済は2008年から2009年までの世界金融危機の間でさえ最も景気が良く、中国は世界の救済手段となっていた注4)

世界金融危機において二桁の経済成長率を伴う中国の復元力は、過去20年に亘って継続し、これにより中国はその経済力を示しながら世界の競争分野での地位を確立させてきた注5)。このような成長と復元力は、中国共産党の「一度に少しずつ」進めていく従来の改革アプローチによるものである。

中国政府は徹底的な権威主義から軍事現代化と政軍関係の安定まで、という伝統的な国家政策の原則を堅持している。いずれにしても、経済部門における持続的で漸進的かつ狡猾で確実な調整は、中国経済のサクセスストーリーを作り上げる上で有益な役割を果たしてきた。

中国経済が辿って来た成功は、民営化という政治手段によって最も良く説明することが出来る。これは、再編の努力にも拘わらず中国の国有企業部門で経済損失が生じたことを受け、中国共産党が1997年に採用したアプローチである注6)

社会主義(共産主義)の政治構造との組み合わせにより、中国の民営化戦略は巨大経済を活性化させ、中国共産党の最も成功した武器の1つと言えるほど効果的なものである。民営化は国民国家を弱体化させると論じる経済学者や戦略家がいるが、中国のケースは社会主義の言説を破壊したり阻害したりすることもなく、中国の成長と復元力を大いに形成してきた注7)。実際、野心的な「一帯一路」構想を通じた国内経済の継続的な成長と国際的影響力の確保における習近平国家主席の成功は、この民営化プロセスに大きく依存している。

国内の民営化プロセスを注視することは、党規約に入った「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」を維持するためにも着実に行われており、デジタル化、投資及びイノベーションを含む領域の発展にまで拡大している注8)。現在、中国共産党は第14次五ヵ年計画の中で2035年までに「社会主義現代化」の達成を目指している。これは100兆元(約1,708兆円)に上る現在のGDPを2倍とする野心的な目標を含んでおり、そのためには毎年3.5%の実質GDP成長率が必要とされる注9)

国家統制の下でテクノロジー部門の繁栄に一層注力することが、中国共産党の主要な焦点として浮上している。これは特に、広く報じられているようにジャック・マー氏(アリババグループやアントグループの創業者)に対する政府による圧力があった時からである注10)。直近では、中国政府が投機売買の制限と金融リスクの緩和に向け、暗号通貨のマイニング(採掘)に対する厳しい取り締まりに着手すると、四川省でいくつかビットコイン採掘が閉鎖された注11)(※マイニング(採掘)とは、ビットコイン等の仮想通貨の売買取引を記録する対価として、新たに発行された仮想通貨を獲得すること)。

習近平が率いる中国政府は、米中貿易戦争によって更に深刻となった景気低迷の一因となった政策ギャップを強く留意している注12)。日本を含む諸外国が多くの製造業を中国から国外移転させ、また中国依存を弱めるためにサプライチェーンの再構築を目指す世界的な動きがある中、中国共産党も自国の経済を支えるために国内へ視線を向けている注13)

この目的のために、習近平は「双循環戦略」を実行に移した。これは、長期的な発展のために、生産と消費、流通の国内循環に依拠することで、海外市場への依存を減らすことを目的としている。この戦略には2つの必須要素がある。つまり、国家経済の着手へ注目する「国内循環」と国際的な経済関係に力点を置く「国際循環」である注14)。この戦略は経済成長のために中国の国際貿易への依存を制限するだけでなく、医療危機における経済低迷というリスクにうまく立ち回るために構想されている。このようなアプローチによって、習近平は中国を主導的地位から外そうとしている国際経済の動向を再びコントロールすることができる。

更に、双循環戦略の成功は中国の経済力を増幅させ、中国との完全な「経済デカップリング(切り離し)」を求めながらも、そのような野望が実際は現実的ではなかったことを示した。現在のところ、中国はパンデミックにも拘わらず目標より5年早い2028年までに米国経済を確実に追い越すことを目指している注15)。パンデミックで需要が高まりを見せる中、中国の外貨準備高は過去5年間の最高値に達し、輸出も記録的に急増している。更に、中国4大銀行である中国工商銀行、中国建設銀行、中国農業銀行及び中国銀行は、世界的な経済低迷と人民元安にも拘わらず、世界のトップ4を占めている。

このような経済的な強さは、広く普及した中国の銀行口座やスマートフォンに支えられているウィーチャットペイやアリペイといったプラットフォームを備えた、成長著しい中国のデジタル決済インフラによって補完されている。中国のデジタル決済システムは、外国銀行を自国の決済サービスと継続的に紐付けることで、パンデミックの物理的取引に対する制限がある中でもマクロ経済を安定させる決定的な役割を果たしている。これは、デジタル決済が17兆ドル(約1,880兆円)に上るモバイル決済市場の90%を占め、最大のカード決済ネットワークの本拠地となっている程である。

加えて、外国企業は7億6,800万人以上の中国人がデジタル決済サービスを使用する巨大市場にアクセスしている。中国は、米アップル社にとって米国とヨーロッパに次ぐ3番目に大きい市場となっており、トヨタ自動車や三菱自動車等の日本企業や、サムスン電子や起亜自動車といった韓国企業も中国で大きな存在感を見せている。

中国はWTO(世界貿易機関)やIMF(国際通貨基金)等の国際機関における精力的なプレーヤーであるが、(その理念である)完全な統合というよりは経済政策上の協力によって関与を強めている。中国はメンバー国としての責任を果たしてはいるが、明らかに世界的な経済大国の地位に相応しい責任まで担おうとはしていない。

例えば、中国はWTOの「政府調達に関する協定(Government Procurement Arrangement)」や「OECD開発援助委員会(Development Assistance Committee)」、「債権国会合(パリクラブ)」のメンバーとなることを拒否している。基本的に、このような部分的な統合は、これらの組織で設定された規範や基準の枠外で行動する余地を中国にもたらしている。例えば、「一帯一路」では公平で自由な融資業務に従う義務が中国にはない。同時に、中国は「大国アイデンティティの追求」の中で、アジアインフラ投資銀行の創設のように、中国の特色ある独自システムを構築する一方で、既存のブレトンウッズ体制から利益を手にしようとしている。

国際政治とビジネス環境の変化は、止めることが出来ないトレンドとなっている。地球規模の貿易や開発、ガバナンスのネットワークで大きな役割を果たす国として、ポスト・パンデミック時代へ適応するために中国の政府と企業には大きな責任が降りかかる。近い将来、中国の経済外交は、健康のシルクロードにおける「マスク外交」と「ワクチン外交」の輪郭から描かれると予想されている。

習近平は2021年に行われた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)において、中国に対する国際経済の信頼を高めることで、自国のソフトパワーを構築する意思があることを強調した。来たるべき時代において、中国の自己復元力と国内経済の活性化が双循環戦略の主要な焦点となる一方、中国は「一帯一路」の下でより広範な大陸関係を構築し、経済復元力を十分に生かしながら経済分野の国際機構で指導的な役割を担おうとするだろう。

注1)  Krishnan, Ananth. “China offers $3 billion COVID-19 aid, vaccines for developing countries.” The Hindu. May 21, 2021. https://www.thehindu.com/news/international/china-offers-3-billion-covid-19-aid-vaccines-for-developing-countries/article34617351.ece. (June 25, 2021 retrieved).
注2)  “China’s GDP tops 100 trln yuan in 2020.” Xinhua. January 18, 2021. http://www.xinhuanet.com/english/2021-01/18/c_139677413_2.htm. (June 25, 2021 retrieved).
注3)  Harrabin, Roger. “China’s economy grows 18.3% in post-Covid comeback.” BBC. April 16, 2021. https://www.bbc.com/news/business-56768663. (June 25, 2021 retrieved).
注4)  Li, Linyue., Willett, Thomas D., Zhang, Nan. “The Effects of the Global Financial Crisis on China’s Financial Market and Macroeconomy.” Hindawi. March 27, 2012. https://www.hindawi.com/journals/ecri/2012/961694/.(June 25, 2021 retrieved).
注5)  Schmitz, Rob. “After Decades Of Double-Digit Growth, China’s Economy Is Slowing Down.” NPR. January 22, 2019. https://www.npr.org/2019/01/22/687319770/after-decades-of-double-digit-growth-china-s-economy-is-slowing-down.(June 25, 2021 retrieved).
注6)  Chen, Yuyu., Igami, Mitsuru., Sawada, Masayuki., Xiao, Mo. “Privatization and Productivity in China.” VoxChina. January 31, 2018. http://voxchina.org/show-3-64.html.(June 25, 2021 retrieved).
注7)  Bai, Chong-En., Lu, Jiangyong., Tao, Zhigang. “How does privatization work in China?” Science Direct. September 19, 2008. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0147596708000723.(June 25, 2021 retrieved).
注8)  Bo, Xiang. “Backgrounder: Xi Jinping Thought on Socialism with Chinese Characteristics for a New Era.” Xinhua. March 17, 2018. http://www.xinhuanet.com/english/2018-03/17/c_137046261.htm.(June 25, 2021 retrieved).
注9)  Wang, Cong., Cao, Siqi., Chen, Qingqing. “China sets ‘pragmatic’ targets through 2035.” Global Times. October 29, 2020. https://www.globaltimes.cn/content/1205131.shtml.(June 25, 2021 retrieved).
注10)  Chandler, Clay., Mcgregor, Grady. “Xi Jinping’s tech crackdown risks proving Jack Ma’s point.” FORTUNE. March 25, 2021. https://fortune.com/2021/03/25/xi-jinping-tech-crackdown-regulation-jack-ma/.(June 25, 2021 retrieved).
注11)  “China to shut down over 90% of its Bitcoin mining capacity after local bans.” Global Times. June 20, 2021. https://www.globaltimes.cn/page/202106/1226598.shtml. (June 25, 2021 retrieved).
注12)  “China’s economy: What’s behind the slowdown?” REFINITIV. November 19, 2019. https://www.refinitiv.com/perspectives/market-insights/chinas-economy-whats-behind-the-slowdown/.(June 25, 2021 retrieved).
注13)  Nakazawa, Katsuji. “China up close: Xi fears Japan-led manufacturing exodus from China.” Nikkei Asia. April 16, 2020. https://asia.nikkei.com/Spotlight/Most-read-in-2020/China-up-close-Xi-fears-Japan-led-manufacturing-exodus-from-China. (June 25, 2021 retrieved).
注14)  Daryl, Guppy., Xu, Sicong. “Guide to China’s dual circulation economy.” CGTN. October 31, 2020. https://news.cgtn.com/news/2020-10-25/Guide-to-China-s-dual-circulation-economy-US8jtau4h2/index.html.(June 25, 2021 retrieved).
注15) “Chinese economy to overtake US ‘by 2028′ due to Covid.” BBC. December 26, 2020. https://www.bbc.com/news/world-asia-china-55454146.June 25, 2021 retrieved.

ジャガンナート・パンダ
マノハール・パリカル国防研究所東アジアセンターセンターコーディネーター兼リサーチフェロー。専門は、中国とインド太平洋安全保障関係、特に東アジア、日本、中国、朝鮮半島。イギリスの出版社ラウトリッジのRoutledge Studies on Think Asiaの編集者でもある。2018—2019年にかけて日本財団と韓国財団フェロー。日中韓シンクタンクダイアローグのthe Track-II、Track 1.5にも参加。インド国際法外交学会より、2000年にV. K. Krishna Menon Memorial Gold Medalを授与される。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2021年7月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。