横浜IR、住民投票による決着が不可欠な理由

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昨日(7月12日)、【横浜市長選挙を通して、「住民投票」と「候補者調整」の意義を考える】と題して、私自身も出馬意志を表明している横浜市長選挙の主要な争点である「IR誘致の是非」について、住民投票を実施することの意義について述べたところ、立憲民主党神奈川県連会長の阿部知子氏が、以下のツイートで、私の意見に賛同してくれた。

私の言わんとするところを十分に理解して頂き、大変心強い限りである。

私は、6月25日に出したヤフーニュース記事【横浜IRをコンプライアンス・ガバナンスの視点で考える】でも、地方自治体のガバナンス、コンプライアンスの視点から、横浜IRについては、市長選挙において、賛成派・反対派のいずれが勝利を収めるかということだけで、一刀両断的に決めるのではなく、事業の内容を具体的に示し、その目的、それが横浜市の将来にもたらすメリット・デメリット等を示し、市民に判断材料を提供した上で、住民投票を行うことが必要であると指摘してきた。

マスコミの世論調査等で、IR誘致への反対が多数を占めていると報じられていることを意識してか、IR反対を掲げる出馬表明が相次ぎ、自民党の現職閣僚だった小此木八郎氏までもが、「市長に就任したらIRを取りやめる」などと述べて出馬表明をしたが、IRを推進してきた自民党市議会議員から強い反発を受け、自民党横浜市連は、自主投票を決定した。

IRを推進してきた現職の林文子市長も、今週中には出馬表明をすると見られている上、本日の記事で、前神奈川県知事の松沢成文氏も出馬の意向と報じられるなど、市長選の状況は、ますます混迷を深めている。

このような状況下においては、横浜市へのIR誘致の問題の決着には住民投票を行うことが不可欠だ。そう考える理由を、改めて整理することとしたい。

選挙の結果は、必ずしも民意を反映しない

第1の理由は、市長選挙の結果で、IR誘致の是非を決めると言っても、現在の市長選をめぐる状況では、選挙の結果が、IRの賛否についての民意を反映するものになるとは限らないことである。

現在までに出馬表明している8人、出馬の意向と報じられている2人の合計10人の立候補予定者のうち、IR反対を明言しているのが8人、それに対して、IR賛成派は、現職の林市長と、出馬表明ではニュートラルとした上、その後に賛成を表明した福田峰之氏のみである。しかも、前回の市長選挙で、出馬表明前まで菅義偉内閣の一員としてIRを推進する立場にあり、カジノ管理委員会の委員長も務めていた小此木八郎氏については、前回市長選挙で、林市長が、「IRは白紙」として当選した後、2年後にIR誘致の方針を打ち出した前例が引き合いに出され、「IR反対を掲げて当選した後に、時機を見てIR推進に転じる可能性」が指摘されている。

このような状況で市長選挙が行われた結果、仮に、僅差で林市長が当選したとしても、選挙結果で「IRの賛成」の民意が示されたとは言えないことは明らかであり、また、小此木氏については、「IR反対・取りやめの言葉を信じてよいか」という同氏の言葉への信頼性がもっぱら評価の対象になるのであり、仮に、小此木氏が当選したとしても、それを「IR反対」の民意と見做して良いかどうかは微妙だ。

結局、現在のような市長選の状況では、選挙結果を「IR誘致についての民意」と受け止めることは到底できないのである。

従来の議論での最大の論点は「住民投票実施の是非」だった

第2に、IR誘致に関する横浜市での議論の経過を見ても、最大の論点が「住民投票を行って、民意を問うべきか否か」であったのは明らかだ。IRに反対する市民運動では、住民投票を求める法定数を超える19万筆以上の署名が提出されたことを受け、市議会に住民投票条例案が提出されたが、否決された。一方、IRを推進しようとする林文子市長のリコールを求める署名は9万筆にとどまり、法定数に達しなかった。IRをめぐる問題では、住民投票を求める意見は市民から一定の支持を得たが、市長を解職すべしとの意見は、市民の多数とはならなかった。

住民投票条例を審議した市議会の議事録によれば、「住民投票を行うことの是非」について、自公両党からは否定する意見、立憲民主、共産等からは肯定する意見が出され、それぞれ、相応の論拠に基づいて議論が行われた結果、条例は否決されている。ここで、自公側が住民投票実施反対の主たる理由としたのは、わが国の法制度上、住民投票という方法によって民意を問うことには限界があること、その時点ではIRの事業計画すら明確になっておらず、住民投票で民意を問う段階に至っていないことであった。

後者の理由については、その後、設置運営予定事業者の公募、事業者からの事業計画案の提出も終えているのであるから、現時点では、住民投票で市民に判断を求めるIRの事業内容は具体化している。また、前者の、「住民投票を行うこと自体の意義」は、地方自治における二元代表制の下で、直接民主主義をどの程度に活用していくのかという問題であり、まさに、市長選挙で市民に意見を問うべき重要論点である。

市長選への出馬表明者、今後出馬表明をすると報じられている人について見てみると、現時点で、住民投票をすべきと明言しているのは私だけだが、他の出馬表明者も、「民意」の確認を重要視していることは間違いない。

小此木氏が、出馬会見で、市長に就任したらIRを取りやめることの理由としたのは「IR誘致に市民の理解を得られていない」ということであり、「市民の理解の程度」を住民投票によって確認することに反対する理由はない。出馬の意向と報じられている松沢氏も、今年2月に「民主的プロセスを経ていない形でIRを強行するのは反対だ」と述べていたものであり、民主的プロセスを経る方法としての住民投票に反対する理由はないと思われる。また、山中竹春氏は、出馬会見では、「IRは断固反対、即時撤回」と述べているが、一方で、「住民自治」「市民が決めること」を強調しており、冒頭で述べたように、山中氏を推薦する立憲民主党の阿部知子県連会長が、住民投票に賛成の意見を示していることからも住民投票に前向きな姿勢に転じる可能性は高いと考えられる。データサイエンティストとしての山中氏にとって、最適な方法によって住民投票を行って、民意を的確に計測することの提案は、まさに専門家としての面目躍如ではないかとも思える。

結局のところ、IR誘致についての住民投票を明確に否定しているのは田中康夫氏だけである。しかし、「IR誘致への反対の市民のコンセンサスが得られている。市長選挙は住民投票を含む」とする同氏の見解が誤っていることは、【横浜市長選挙を通して、「住民投票」と「候補者調整」の意義を考える】で既に述べたとおりである。

IR誘致反対の出馬表明者にとっては、住民投票実施を公約に掲げることは、これまでの発言からも親和性のある対応と言えるのである。

新市長による「IR撤回」が市議会との対立を招く可能性

そして、第3に、市議会との関係である。

日本の地方自治体では、首長と議会議員を、ともに住民が直接選挙で選ぶという二元代表制がとられており、自治体の意思決定は、首長と議会に委ねられている。そして、それについて、首長と議員との間で、様々な面から「熟議」が行われることが前提とされている。

市長選挙で「民意」が示されたとして、市長がIR誘致を撤回することは法的には可能であるが、それに関して、市議会で議論が行われることは必至だ。今回、IR反対を掲げて出馬表明を行った自民党県連会長の小此木氏に対して自民党の市議会議員が反発し、自主投票になったのは、多くの自民党市議の支持者がIR推進派であり、IR反対に転じることは支持者に対する裏切りになるからであろう。このような自民党市議としては、新市長がIR誘致を撤回すると言っても、それに唯々諾々と従うわけにはいかない。市議会では、なぜ、IR誘致を撤回すべきと考えるのか、徹底追及が行われることは必至だ。

その際、これまで、市の執行部と市議会で行ってきた議論を覆す十分な根拠があるのかが問題になる(それが、私が、立憲民主県連会長宛ての質問状で、「IR即時撤回」を掲げる山中氏が、その理由としているギャンブル依存症の増加、治安の悪化がデータによって明らかだ」としていることについて、データ上の根拠を問い質している所以である。)。

新市長が、十分な根拠もなくIR誘致即時撤回の方針を強行しようとすれば、市議会の多数を占める自公両党との対立が深まるのは必至である。それは最終的には、不信任決議案の可決という事態に発展する可能性も全くないとは言えない。

コロナ禍で多くの市民が、その暮らしや仕事に大きな影響を受け、コロナ対策が市政の最重要課題となっている中、市長と市議会の対立による市政の混乱は、絶対にあってはならないはずだ。

そういう意味でも、IR誘致の是非について、住民投票で民意を問うことについて、市長選挙で市民の意向を確認すること、市長選挙後に合理的な方法の住民投票で民意を正しく把握し、その民意実現のために、市長と市議会が協力し、IR問題を決着させることが、市民にとって最も望ましい方法と考えられるのである。