ウィーンに本部を置く国際原子力機関(IAEA)は核テロ対策を目的とした新しい施設の建設を始めた。IAEA広報部によると、グロッシ事務局長は12日、起工式の式典で、「核テロや不法な核物質、放射性物質の取引を防止する加盟国への支援を強化していく」と述べた。
「核セキュリテイ・トレーニングセンター」はウィーン南部30kmのIAEA関連施設があるザイバースドルフに位置する。新施設の規模は2000平方メートルより大きく、特殊な機材や訓練施設などが準備され、具体的な対策の実践訓練を受けることができる。計画では2023年に運営を開始するという。
起工式にはIAEA関係者や加盟国代表が参加した。グロッシ事務局長は、「核テロ対策で加盟国を支援することはIAEAにとっても重要な課題だ」と意義を説明している。核エネルギーの平和利用を掲げて創設されたIAEAは1970年代から核テロ対策への訓練を始めてきたが、「ここにきて、その需要が高まってきた」という。2016年には核物質、放射性物質の移動の際の防護措置や犯罪防止に関する核物質防護条約(Conventionon the Physical Protectionof Nuclear Material、略してCPPNM)の改正条約が発効した。同条約は核テロ対策上、重要な法的な国際的枠組みを提供する。
IAEAは核エネルギーの平和利用を創設目標に掲げているが、核セキュリティ(Nuclear Security)が重要な課題となってきた直接の契機は米国同時多発テロ事件(9.11テロ事件、2001年)だ。それ以降、イスラム過激派テロ組織に核関連物質、放射性物質、生物化学兵器が渡らないための防止対策が急務となってきた。核問題専門家の間では、「核セキュリティは核拡散防止条約(NPT)の4本目の柱だ」と言われている。具体的には、核軍縮、核拡散防止、原子力の平和利用に次いで、4番目に核セキュリティが加えられるというわけだ。
今年は9・11テロ事件発生20年目を迎える。この事件以前には、イスラム過激派テロリストたちが民間機を奪い、米国のど真ん中、ニューヨークのワールドトレードセンターに激突するというテロ事件が起きるとは想像だにできなかった。しかし、この考えられないテロが実際に発生したのだ。同事件で約3000人が亡くなり、約2万5000人が負傷した。同じように、核テロ事件が近未来、起きる危険性は排除できないというわけだ。具体的には、核兵器を奪ったり、高濃縮ウランやプルトニウムを利用した核爆弾の製造、放射性物質を利用したダーティ爆弾攻撃、原子力発電所への破壊工作などがシナリオとして考えられている。
ジョージ・W・ブッシュ大統領時代の米国務長官だったコリン・パウエル氏は、「使用できない武器をいくら保有していても意味がない」と述べ、大量破壊兵器である核兵器を「もはや価値のない武器」と言い切ったが、その「もはや価値のない武器」を手に入れるために依然、かなりの国が密かにその製造を目指し、ノウハウを入手するために躍起となっている。
現在、核兵器保有国は9カ国(米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、イスラエル、そして北朝鮮)だが、核兵器は一定の知識を有する学者、専門家ならば、核原料さえ入手できれば、製造できる。核の小型化、使用できる核兵器の製造に秘かに乗り出す核大国も出てきている。
もちろん、核保有国も核関連物質、機材の部外流出などを恐れ、厳重管理しているが、中国武漢発の新型コロナウイルスの「武漢ウイルス研究所流出説」を聞けば、それも心細くなる。新型コロナウイルスは、中国共産党政権が生物兵器として遺伝子工作をして製造した生物兵器の可能性もあるという。そのように考えると、使用できる核兵器を利用した核テロ事件が絶対に起きない、とはいえなくなるのだ。
イラクの故フセイン大統領、シリアのアサド政権は化学兵器を使って多くの国民を殺害した。武漢発新型コロナウイルスの死者数は7日段階で400万人を超えた。核兵器は過去2回、広島市と長崎市に投下され、冷戦時代にはカザフスタンのセミバラチンスクで核実験が行われた。中国ウイグル自治区のロブノールでは何百回もの核実験が行われ、その後も放射性の影響で多くの後遺症を抱える子供たちが生まれてきている。大量破壊兵器は人類に多くの犠牲をもたらしてきたのだ(「セミパラチンスクとロブノールの話」2019年6月17日参考)。
核テロはまだ起きていない。IAEAが核テロ対策の訓練センターの建設を始めたということは、核テロ事件がいつ起きても不思議ではない状況に突入していることを示唆している。核テロが起きれば、人類はもはや取り返しのつかないダメージを受けるだろう。人間は「万物の霊長」と嘯いておれなくなるのだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年7月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。