横浜未来構想会議の提言で示された「横浜市長選後の住民投票」は“大きな流れ”となるか

今年8月8日告示、8月22日投票予定の横浜市長選挙に、現時点で10人が出馬を表明している。最大の争点と言われている横浜市へのIR誘致への賛否については、8人が反対、賛成は、現職の林文子主張と、福田峰之氏の2人のみである。反対の8人のうち、小此木八郎氏、山中竹春氏、田中康夫氏の3人は、当選後、ただちに中止・撤回することを打ち出している。

私は、自分自身としてはIRに反対とした上、選挙後に、住民投票条例を市議会に提出し、住民投票で市民の意見を確認した上で、IR誘致の是非を最終決定すること、すなわち「住民投票による決着」を掲げている(【横浜IR、住民投票による決着が不可欠な理由】)。

IR誘致と住民投票をめぐる議論は、新たなステージへ

7月20日に、10人目となる出馬表明を行った松沢成文参議院議員は、カジノ反対を明言した上、「カジノ禁止条例」を公約に掲げた。松沢氏も、IR誘致に反対を掲げて市長選挙で当選するだけではなく、条例案の市議会への提出と、可決成立というプロセスが必要だとする点では私と同様だが、提出する条例案が、松沢氏は「カジノ禁止条例」、私は「住民投票条例」であるところに違いがある。

このように、横浜IR誘致をめぐっては、市長選の出馬表明者の中で様々な意見がある中、横浜港湾協会前会長の藤木幸夫氏が会長を務める「横浜未来構想会議」が、7月22日、オンラインでシンポジウムを開催した。そこでは、武田真一郎成蹊大学法科大学院教授が、「新市長はIR(カジノ)住民投票の実現を」と題して講演し、

「カジノ反対そのものを選挙公約にすることも考えられるが、横浜の住民自治の発展のためには住民投票を契機として市民がこの問題を熟慮することが望ましいと思われる。住民投票実施を公約とする候補者が市長に当選すれば、もちろん市議会は市長選で示された民意を尊重して住民投票条例を可決する政治的な義務を負うことになる。」

との見解を示した。

それを受け、シンポジウムの最後では、斎藤勁事務局長が、同会議の提言「横浜再生の基軸」に、「市長選後の、住民投票条例の市議会への提出」を追加することを同会議の役員会で決定したと説明した。

横浜市長選が、半月後に迫る中、IR誘致と住民投票をめぐる議論は、新たなステージに入ったと言うべきであろう。

反対派候補者間の意見の違いと、IR誘致を中止に追い込むことの「確実性」という観点から、議論を整理する

昨年12月、横浜の市民団体がIR誘致に反対して住民投票を求め、19万筆を超える署名を集めて議会に提出した。それを受けた今年1月の議会では、住民投票条例案は否決されたが、世論調査の結果等から、横浜市民の民意は「IRに反対」との見方が一般的だ。

しかし、林市長が2019年にIR誘致の方針を明らかにして以来、市議会での議論を経て、関連する予算が成立し、事業者の公募が開始され、資格認定も行われて、今年の夏か秋に事業者を選定して、区域実施計画を国に提出する、という段階に至っている。

IR誘致に反対する立場からは、横浜市民の民意に反するIR誘致をストップさせ、中止に追い込むことが市長選における最大の目標であることは明らかだ。

それを前提に、反対派候補者間の意見の違いと、IR誘致を中止に追い込むことの「確実性」という観点から、議論を整理しておくこととしたい。

前提として重要なことは、日本の地方自治体では、首長と議会議員を、ともに住民が直接選挙で選ぶという「二元代表制」がとられており、市長と議員の双方が民主的な基盤を持っているということだ。

市長選挙は、その一方である市長を選ぶ選挙だが、もう一方の市議会議員も、それぞれの区ごとに選挙という民主的手続きによって選ばれる。市長選の結果がどうであれ、IR誘致に対する市議会の賛否は、基本的に変わらないという状況を想定しておく必要がある。市議会の自民・公明両党が、これまで、IR誘致に反対する署名や世論調査の結果にもかかわらずIR誘致を推進してきたこと、IRを推進してきた内閣の一員だったにもかかわらず閣僚を辞任し、IR反対を掲げて出馬表明した小此木八郎氏の推薦を、市議会自民が見送り、自主投票としたことなどからも、市長選後においても、市議会が「IR賛成」が多数を占める状況に、基本的に変わりはないことを想定すべきであろう。

そこでまず問題となるのが、反対派の出馬表明者8人のうち3人が掲げる、「反対派候補の当選によって、ただちにIR誘致撤回・中止を宣言し、現市長が予定していた事業者選定、区域実施計画の国への提出を行わない」という「市長選での決着」をめざすことで、IR誘致を中止に追い込む「確実性」があるのかという点だ。

IR誘致反対を掲げる候補者が乱立する状況においては、市長選挙の結果を受けての横浜市の対応が、IR誘致についての民意を反映したものにならない可能性が相当程度ある。

まず、賛成派の林文子市長が僅差で当選した場合、予定どおりIR誘致が進められることは言うまでもない。一応「IR取り止め」を掲げている小此木氏が当選した場合も、その理由は「IR誘致の環境が整っていない」ということなので、「その後、コロナ感染収束によって環境が整ってきた」などとの理由で、IR誘致を実施する方向に転じる可能性も十分にある。

「市長選での決着」を図ろうとすれば、市長選後の横浜市が、「IR誘致反対多数」の民意に反して、実施の方向に向かうリスクが相当大きなものとなることは避けられない。

また、IR反対派の候補が当選し、実際にIR誘致撤回・中止を打ち出した場合も、話は単純ではない。前述したように、これまでIR誘致を推進してきた市議会自民・公明両党の意見が変わらないとすると、市長選後の市議会では、それまで市長と市議会との間で重ねられてきたIR誘致実施の方向の議論を覆して不実施の方針に転じることの理由の説明が求められることになる。

その際、新市長は、IR誘致を実施すべきではないとする理由について、どのように述べるのであろうか。山中氏が「IR即時撤回」の理由としているのは、「ギャンブル依存症の増加、治安の悪化がデータによって明らかだ」ということであり、当選して市長に就任しても即時撤回の理由を同様に説明するのであろうが、それが根拠に基づかないものであることは、私の公開質問状への立憲民主党側の対応で明らかになっている(【横浜市長選挙、立憲民主党は江田憲司氏の「独断専行」を容認するのか〜菅支配からの脱却を】)。

田中康夫氏の現時点でのIR反対の理由も、「カジノIRは設けないということでコンセンサスがとれている」という程度であり、しかも、そのコンセンサスというのは「各種世論調査」に基づくものに過ぎない。このような説明で、IR誘致推進の自民・公明両党が納得して、IR誘致撤回に同意するとは考えにくい。

通常、市議会での市長を支えるのは市の執行部の役割であり、市長の答弁案も執行部が作成する。しかし、これまで市の行政は、IR誘致推進の方向で、議論と根拠を積み上げてきた。市長選の結果を受け、新市長がIR誘致撤回の方針を打ち出したからと言って、市執行部が一転してIR誘致に反対する十分な根拠を示せるとは考えにくい。結局、市議会で新市長は孤立することになりかねない。山中氏の場合は、SNS上で、支持者の人達がアップしている講演や街頭演説を見る限り、市議会での答弁能力が十分にあるとは思えないし、その点については卓越した能力を有する田中氏については、過去の長野県知事時代の前例からすると、不退転の姿勢が、市長と市議会との対立、市政の混乱につながる可能性もある。

IR誘致反対の方向に市長・市議会が一致して向かうとすれば、どのような方法を採りうるか

そこで、市長選挙の結果を受けて、IR誘致反対の方向に市長・市議会が一致して向かうとすれば、どのような方法を採りうるかである。

その一つが、松沢氏が公約に掲げる「カジノ禁止条例」であろう。

横浜市におけるカジノ設置を禁止する条例を制定することができれば、カジノ付きIR誘致が中止になるのは当然だ。

しかし、果たして、市議会自民党・公明党が、そのような条例案に賛成するだろうか。カジノ禁止条例を定めるというのであれば、条例制定上の根拠・理由が必要となる。それが、一般的にIR反対派が理由とする「ギャンブル依存症の増加」「治安悪化」などであるなら、実質的に容認されているパチンコ・スロット等との関係が問題となる。そのような条例制定が可能だとは思えない。

条例案を市議会に提出したとしても否決される可能性が高い。そうなると、打つ手がないということになるのではないか。

これまでの横浜市の執行部と市議会で重ねられてきたIR誘致をめぐる議論は、形式上は何ら問題はなく、それによって、IR誘致に向けての手続は最終段階に近づいているのである。それを覆す理由があるとすれば、適切な手続によって確認された「民意」以外にあり得ない。だからこそ、市長選後における住民投票という手続が重要となるのである。

「住民投票条例」による住民投票の実施を

そこで、私が掲げるのが「住民投票条例」による住民投票の実施なのである。

私が、市長選挙に当選した場合には、市議会にIR誘致の賛否を問う住民投票条例案を提出する。

それを、市議会が否決する可能性は低いと考えられる。

上記のように、今年1月に19万筆を超える署名提出による住民投票条例案を、市議会は否決した。しかし、その際は、林市長が、条例案について実質的に反対に近い意見を付している。また、市議会での条例案の審議における反対意見は、「まだ事業計画が固まっておらず、住民投票で民意を問うべき段階ではない」というのが、主たる理由だった。

今回、市長選挙後に新市長が提出する住民投票条例案は、まさに、市長選挙の結果を受け、「住民投票を実施すべき」という市長の意見を付し、IR誘致の事業計画の中身も具体的に明示した上で住民投票を行うことを定めるものだ。前回の住民投票条例案とは、前提が全く異なる。

しかも、6月の神奈川新聞の世論調査では、住民投票に賛成する意見は76%と、IR反対意見の71%より多い。市議会自民党にとっても、新市長が市長選後の住民投票を公約に掲げて当選した以上、住民投票条例案に反対することは困難だと考えられる。

それでも、自民党・公明党等の反対で住民投票条例が否決された場合には、新市長として「IR誘致不実施」の決定をすることになる。

市長選でIRに反対の意見を掲げた候補が当選した場合、それまでIRを推進してきた市議会とは対立状況となる。その対立について、住民投票で民意を確認した上で慎重に決定するために住民投票条例案が提出されたのに、市議会がそれを否決するというのは、執行権限を持つ市長に決定を委ねる趣旨と解することになる。新市長は、自らの意見にしたがってIR誘致不実施を決定すればよいということになる。

IRについての区域整備計画の提出は、市長の権限で行うものだ。市長が、それを行わない以上、市執行部は何も行いようがない。市議会では、住民投票条例案を否決し、民意を問うことを否定した以上、市長の決定に異を唱えることはできないであろう。

それによって、横浜IR誘致の問題は完全に決着するのである。

以上述べたとおり、IR誘致をめぐる問題を決着させるためには、市長選後に、事業の内容を具体的に示し、その目的、それが横浜市の将来にもたらすメリット・デメリット等を示し、市民に判断材料を提供した上で、住民投票を行うことが不可欠である。

未来構想会議の提言を受けて、市長選挙でIR反対を掲げる候補は、市長選挙後の住民投票への賛否の意見を明らかにすることが求められることになるだろう。

IR反対を掲げる候補のうち、小此木氏は、出馬会見で、IRを取りやめることの理由としたのは「IR誘致に市民の理解を得られていない」ということであり、「市民の理解の程度」を住民投票によって確認することに反対する理由はない。

松沢氏も、今年2月に「民主的プロセスを経ていない形でIRを強行するのは反対だ」と述べていたものであり、上記のとおり「カジノ禁止条例」が無理筋であることがわかれば、民主的プロセスを経る方法としての住民投票に反対する理由はないと思われる。

また、山中竹春氏は、出馬会見では、「IRは断固反対、即時撤回」と述べているが、一方で、「住民自治」「市民が決めること」を強調しており、推薦する阿部知子立憲民主党神奈川県連会長も、ツイートで、市長選後の住民投票に賛成の意見を示していることからも、前向きな姿勢に転じる可能性は高いと考えられる。そもそも、最適な方法で住民投票を行い、民意を正確に計測することは、データサイエンティストを標榜する山中氏にとって専門領域のはずである。

「市長選後の住民投票条例」が、今後、市長選をめぐる大きな流れとなっていくことを期待したい。