中国共産党創立100年演説に見る中国の自己認識像と世界の対中認識のギャップ

1.バイデン政権の対中抑止外交

バイデン政権発足以降の国際政治の流れは速い。3月に日米「2+2」,日韓2+2、アラスカでの米中外相会談、4月の日米首脳会談、5月に米韓首脳会談、6月にG7、米ロ首脳会談。全て、バイデン政権が対中戦略を明確に意識して行ったものである(無論、中国もそれに対応した外交を展開している)。

人民網日本語版サイトから

3月の日米「2+2」にて実質的に初めて日米間において「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調」した。さらに、日米首脳会談、米韓首脳会談(注)、さらにG7においても「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す。」ことが明記された。G7という欧州中心の枠組みにおいても台湾海峡が関心事項として取り上げられたことは、中国に対する大きな「政治的な」抑止力となると評価できる。要するに台湾海峡で何か事を起こせば、欧州主要国との関係も悪くなるという政治的コストを考慮せざるを得ないということを意味するからだ。また、これらすべての会合において、半導体をはじめとする機微技術について安全なサプライチェーンの構築といった経済安保の取り組みも力点となっている。同盟国との連携で中国に対処するという方針を公にしていたバイデン政権の面目躍如だといえる。トランプ政権ではこうはいかなかっただろう。この過程で日本の果たした役割は大きい。多くの欧州主要国が艦船をインド太平洋に派遣し、日米豪他と共同訓練を実施していることの発する対中抑止メッセージは明確なものだ。

(注)米韓首脳会談においては「台湾海峡の平和と安定の維持の重要性を強調した」との記述。

さて、そのように国際社会が中国に対して、台湾海峡にて事を起こさせないことをはじめ、南シナ海、東シナ海における一方的行動を止めるよう呼びかけ、香港、新疆ウィグル自治区における人権状況への深刻な懸念を表明するなどの抑止政策を展開することとなったのは、ひとえに、中国のこれまでの行動があまりにも強権的に過ぎ、力を背景に現状を一方的に変更する行動が許容できないレベルとなってきたことによる。無論、その背景には、米中のパワーバランスが拮抗に向かう現状を放置すれば、経済的にも軍事的にも強大化する中国の行動を変えさせることが現在以上に将来はより難しくなってしまうとのリアリスティックな評価もあろう。しかし、いずれにせよ、日米、QUAD、G7という「自由民主主義陣営」の行動は、中国の行動に対する「反応」、「対処」であることは間違いない。

中国がこれをどう受け止め対処していくつもりかが問題である。

中国はこれまでのところ、一切方針変更はなく、台湾統一は共産党の歴史的任務であると宣言し、香港・ウィグルについては内政問題として大陸同化政策を進め、先端技術においてはデカップリングに備えて国産化を進め経済技術における自律性を高めるといういわば「米国からの挑戦を受けて立つ」姿勢である。もっとも、日米首脳会談や米韓首脳会談やG7などに対する中国の反応は、割合抑制されたものだったと捉えている。

2.中国の自己認識像と世界の評価のギャップ

私が目下一番懸念しているのは、中国の中国自身に対する自己認識が、世界の中国に対する評価とにギャップがあり過ぎることである。その認識ギャップが偶発的なものも含め衝突を招かないか心配になっている。そのような事態を防ぐために、抑止戦略に加え、どこかのタイミングで対中外交を展開する必要があるだろう。

7月1日の中国共産党創立100周年の習近平氏の1時間強に及ぶ演説を私はビデオで見た。主要紙の要約は日本の関心事項の視点からの記述であり、中国自身がどう考えているかを正確に理解するためには全部見る必要があると思ったのだ(それでも、7月2日の日経新聞15面の要約はかなり全体像に近い)。

演説は1840年のアヘン戦争の屈辱から日中戦争を乗り越え、中国共産党が中国を発展に導いてきたことが縷々述べられている。何度も何度も繰り返されるのは、「中華民族の偉大な復興」というキーワードであり、「中国を救えるのは中国の特色ある社会主義だけ」、「未来を切り開くには中国共産党の強固な指導の堅持が必要」、「中国共産党の指導は、中国の特色ある社会主義の最も本質的な特徴」など、様々な表現で、「中国の特色のある社会主義」の優位性中国共産党の絶対性が強調されている。また、中国共産党政権と中国国民とを区別し、中国国民に訴える手法についても批判している。例えば、以下のように。

中国共産党と国民を分割して対立させようとするいかある企ても絶対に思いのままにならない。9500万人以上の中国共産党員も14億を超える中国人民も許さない」

「中国共産党は、平和、開発、公正、正義、民主、自由という全人類共通の価値観を守る。協力を堅持し、対立をやめ、解放を守る。封鎖をやめ、互恵を守り、ゼロサムゲームを止め、覇権主義と強権主義に反対する。」

「今日、私達は歴史上のどの時代よりも中華民族の偉大な復興という目標に近づいている」

「台湾問題を解決し、祖国の完全な統一を実現することは、中国共産党の変わらぬ歴史的任務であり、中華の人々の共通の願いだ。・・・いかなる「台湾独立」のたくらみも断固として粉砕し、・・・いかなる人も中国人民が国家主権と領土を完全にまもるという強い決心、意思、強大な能力を見くびってはならない。」

「100年前、中華民族が世界の前に示したのは一種の落ちぶれた姿だった。今日、中華民族は世界に向けて活気に満ちた姿を見せ、偉大な復興に向けて阻むことのできない歩みを進めている。」

「中国共産党は、中華民族の不滅の偉業を志、100年はまさに文才も風采も盛りだ。中国共産党の強い指導があれば、社会主義現代化強国を全面的に建設する目標は必ず実現でき、中華民族の偉大な復興という中国の夢は必ず実現できる。」

「中国人民はこれまで他国の人民をいじめ、抑圧し、奴隷のようにしたことはない。同時に、中国の人民は、いかなる外部勢力が私達をいじめ、抑圧し、奴隷のようにすることも決して許さない。故意に圧力をかけようとすれば、14億人を超える中国人民の血肉で築かれた『鋼鉄の万里の長城』の前に打ちのめされることになるだろう。」

「中国人民と友好に付き合い、中国の革命建設、改革事業に関心と支持を寄せる各国の人民と友人に心からの謝意を表する。」

そして、演説で一番拍手が大きく、ウォーという歓声が長かったのは、「私達は決して『教師』のような偉そうな説教を受けいれることはできない」、「強国には強軍が必要であり、軍は国を安定させなければならない。党が銃を指揮し、自ら人民の軍隊を建設することは血と火の闘争の中で党が作り出し、破られない心理である」というくだりである。

強調されているのは、①党の絶対性、②中国は平和国家であり、「失地回復」をしているだけなのに、落ちぶれつつある米国勢力が中国の発展に嫉妬して、発展を押さえつけるべく中国を虐めている、だから対抗せざるを得ないという防御的な自己認識である。中国が強権的なやり方で周辺国等に対して一方的現状変更を試みているために(南シナ海、東シナ海、借金返済できない場合の被援助国拠点の永久的租借)、これを連携して防御抑止せざるを得ないという「自由主義陣営」の認識とはまるで真逆なのだ。自分が他国に脅威を与えているという認識が決定的に欠けている。だから、習近平国家主席が「憧憬される中国になるために、もっと宣伝活動を充実させよ」的な発言をすることになる。足りないのは「宣伝」ではなく「(一方的強権的行為をやめるという)行動の変化」なのに。

そして、中国は自国が孤立しているとは考えていない。米欧日など一部の国が中国に対抗しようとしているが、多くの国が中国寄りだと考えている。例えば、東南アジア諸国は中国経済圏におり、中国不満を持つ国もあるが、米国陣営といえる国は少ないと考えているだろうし、アフリカ諸国は中国支持でありその他多くの途上国も中国寄りだと考えているだろう。(実際、人権理事会で香港問題が取り上げられた際に問題視した国は26か国だったのに、中国を支持した国は50か国以上いた。)

そして、さらに問題なのは、この防御的中国の自己像認識をおそらく14億の中国国民の多くが共有しているということである。この際、もしかして、それは共産党政権中枢が意図的に喧伝したものではないのか否かという点はこの際関係ない。事実として、中国の現在の強硬な姿勢は中国国民のナショナリズムに呼応しているのだ。したがって、中国のやり方が変わることは当面期待できないし、それだけでなく、(偶発的なものも含め)認識ギャップに起因する衝突の可能性があるのではないかということである。

3.対中外交

中国は、日本にとって地理的に近接する巨大な隣国であり、安定的な関係の維持は極めて重要である。深く広範な経済関係と長い交流の歴史があることはもちろんだが、およそ近隣国との関係が不安定なことはどんな国にとっても不利益である。外交安全保障上の負担になるからだ。ましてや日中関係においては日中戦争の過去もあり、こじれた場合の負担はとても大きく長引くものとなるだろう。我が国領土である尖閣諸島は言うまでもなく台湾海峡の平和と安定も我が国の安全保障上重要であり、我が国周辺海域において「有事」が起きないように(起こさせないように)する必要がある。

国家の自己認識というのは一時代遅れてくるものだ。たとえば、客観的に考えれば、日本の国力のピークは1990年代だったのだろうが、その時に書店に並んでいたベストセラーは「小さくてもキラリと光る国日本」だった。日本は自国を小国だと思っていた。そして、今は国力のピークを越えて下り坂にあるのに、「日本凄い」系の本や番組のオンパレードだ。もっとも、最近は、デジタル化の遅れや技術競争力の低下など、コロナの中で益々日本の脆弱な部分が見えてきたこともあり、危機感をもって再興しなければならないという意識も強くなっているが。中国の自己像は複雑だ。自己について過大な自信を持っているのに、被害者意識も持っている。

日本にとり、中国とどのように向き合っていくかが今世紀最大の外交安全保障上の課題である。難しい局面で良い外交を展開するには力の背景は重要である(「力」だけでもダメだが)。特に中国に対しては。まず、有事が起きないように、そして経済安保的観点からの問題が生じないように、政治的な意味においても「抑止力」を高め、防御の体制(プランB)を作った上で、適当なタイミングで、認識ギャップを埋めるべく中国と対話をしていく必要があると思う。というか、認識ギャップを埋めることは多分無理なのだが、認識ギャップが存在することを認識し、そこから生じうるリスクを回避することだけでも意味がある。


編集部より:このブログは参議院議員、松川るい氏(自由民主党、大阪選挙区)の公式ブログ 2021年7月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、「松川るいが行く!」をご覧ください。