「ノルウェー連続テロ」から10年目

辛いテーマだが報告する。世界を震撼させたノルウェー連続テロ事件が起きて今月22日で10年目を迎えた。同連続テロ事件とは当時32歳の青年アンネシュ・ブレイビクがオスロの政府庁舎前の爆弾テロと郊外のウトヤ島の銃乱射事件で計77人を殺害したテロ事件だ。1人のテロリストによって殺害された犠牲者の数としては最も多いテロ事件だった。あれから10年が経過したが、ノルウェー国民は今でも同テロ事件を忘れることができないでいる。

ブレイビク受刑者の犯行舞台となったウトヤ島(ウィキぺディアから)

ブレイビクは犯行直後、弁護士に対し、「行動は残虐だったが、必要だった」と述べ、その蛮行を冷静に説明し、後悔していないことを明らかにしている。彼は事件当初から、「信念がある1人の人間は自身の利益だけに動く10万人に匹敵する」と豪語し、自身を十字軍の戦士だと嘯いていた。

ブレイビクが書き記した1516頁に及ぶ「欧州の独立宣言」がインターネット上に掲載されたが、そこで彼は犯行を2年前から計画(「殉教作戦」)し、爆弾原料となる農場用の化学肥料を密かに大量購入する一方、合法的に拳銃、ショットガンなどを購入し、戦争ビデオ・ゲームを愛し、ボディ・ビルで体を鍛えてきたことなどを明らかにしている。

事件が計画的で冷静な計算のうえで行われていることから、事件当初から犯人の精神的側面、そのプロファイルに関心が注がれた。ブレイビクは極右民族主義者であり、反イスラム主義者だった。彼が尊敬する人物は、イマヌエル・カント(独哲学者)、ジョージ・オーウェン(英作家)、ウィンストン・チャーチル(英政治家)、フランツ・カフカ(チェコ作家)、ジョン・ロック(英哲学者)、プラトン(古代ギリシャ哲学者)たちだ。一方、嫌悪する人物はカール・マルクス(共産主義の提唱者)とイスラム教徒だった。特に、宣言表明の中でオスマン・トルコの欧州北上の再現に強い警戒心を示していた。

ウトヤ島の乱射事件から逃れた少女は、「犯人は非常に落ち着いていた。そして撃った人間がまだ死んでいないと分ると、何度も撃って死を確認していた」という。乱射の時も容疑者はまるでその使命を果たすように冷静に蛮行を重ねていった。犯人は、「政府庁舎前の爆弾テロで時間を取り、計画が遅れてしまった。そうでなかったならば、もっと多くの人間を射殺できたはずだ」と語っている。

当方はこのコラム欄で犯人のプロファイルについて、①容疑者の知的レベルは平均より高く、哲学・文学の世界に精通、②多文化社会を嫌悪し、反イスラム主義を自身の使命と受け取る、③(今回の蛮行のために2年間に及ぶ準備時間があったというから)その行動は一時的な感情に基づくものではなく、強い信念に基づく、④(これ程の蛮行を犯しながら、これまで一度も感情を吐露していないことから)情感世界の欠陥が見られる、と指摘した。

ブレイビクの両親は離婚し、外交官だった父親はフランスに戻った。ブレイビクは少年時代、父親に会いたくてフランスに遊びに行ったが、父親と喧嘩して以来、両者は会っていない。彼はオスロの郊外で母親と共に住み、農場を経営する独り者だった。両親の離婚後、ブレイビクは哲学書を読み、社会の矛盾などに敏感に反応する青年として成長していった。

ノルウェー連続テロ事件はその後、欧州で起きた極右過激派テロ事件に大きな影響を与えた。ニュージランド(NZ)中部のクライストチャーチで2019年3月15日、2つのイスラム寺院(モスク)で銃乱射事件が発生し、49人が死亡、子供を含む少なくとも20人が重傷を負った。主犯は白人主義者でイスラム系移民を憎む極右思想を信奉する28歳のブレントン・タラント容疑者(BrentonTarrant)だ。彼はブレイビクを尊敬していた。また、独ミュンヘンのオリンピア・ショッピングセンター(OEZ)で2016年7月、銃乱射事件が発生したが、犯人は18歳の学生で、ブレイビクの大量殺人事件に強い関心を寄せていたことが明らかになっている、といった具合だ。

同時に、ノルウェー国民にも心的外傷性ストレス障害(PTSD)のように深い傷跡を残している。ブレイビクの言動がメディアに報じられる度に、ノルウェー国民はやり切れなさを覚えるという。悲劇の幕を閉じることが出来ない苛立ちかもしれない。「どうして多くの若者が犠牲となってしまったのか、わが国の社会で、なぜブレイビクのような人間が出てきたのか」等の疑問に答えが見つからないからだ(「ノルウェー国民を苦しめる『なぜ?』」2017年7月25日参考)。

独週刊誌シュピーゲル最新号(7月17日号)はオスロ大量殺人テロ事件の10年目の特集記事として、ウイヤ島でブレイビクの射撃から逃れるために海に飛び込んで死を逃れたカムジー・グナラトナム氏(KamzyGunaratnam)のインタビューを掲載している。彼女は現在、オスロ市の副市長だ。彼女(33歳)は当時、社会民主党青年部に属し、ウイヤ島での夏季キャンプに参加していた。会見の中で「あれから10年が経過したが、自分の中にウイヤ島の出来事は今も鮮明だ。知らない場所に入ると、直ぐに『誰かが武器を持っていたら、どこから逃げるのがもっともいいか』を考えてしまう」と述べている。数週間前、彼女の体験談の本が出版されたばかりだ。

ブレイビクは現在、独房生活だ。独房は31平方メートル、3部屋があり、1台のテレビ、インターネットの接続がないコンピューター、そしてゲームコンソールがある。食事と洗濯は自分でやり、外部との接触が厳しく制限されている。郵便物は検閲される。

ノルウェーでは終身刑も死刑も認められていない。最長刑期は21年だ。ただし、囚人が犯行を再び犯す危険があると判断されれば、さらに長い期間拘留できる。ブレイビクの場合、死を迎えるまで刑務所に拘留される可能性が高い。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年7月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。